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渋田喜久雄『怒るダム』書籍版刊行記録

 筆者は昨年より、昭和初期に大衆文壇を席巻した時代小説作家・渋田喜久雄(1902~1978)の著作をご遺族からの承諾を受けてKindleで電子版として刊行している(参照)。

 以前に刊行したコラム『酔筆講談 ペン一本無茶修業』と同じように書籍版も刊行したいと考えていたが、ちょうど先月からKindle DirectPublishing(KDP)が代行業者を挟まない形でプリント・オン・デマンド(POD)形式のペーパーバックを直接出版可能になったので、試験的に電子版の既刊から1冊を選んで書籍版を刊行してみることにした。
 今回選んだ1冊は、1937(昭和12)年に『家の光』誌が主催した大衆文芸賞で入選作に輝いた時事小説『怒るダム』。前年の暮れに秋田県東部の尾去沢鉱山で発生し、300名以上が犠牲となった鉱山ダム決潰事故を題材としており、それまで長谷川伸の愛弟子として「渋田黎明花」名義で時代小説を中心に執筆して来た作者が母の薦めで「渋田進」のペンネームにより新分野を開拓した作品である。

渋田喜久雄『怒るダム: 一九三六年 秋田・尾去沢鉱山ダム決潰事故』

 本人曰く応募締め切りの2日前に書き上げて速達で投函したと言うこの作品は見事に一等入選を勝ち取り、当時の文壇において台風の目が如き存在であった渋田の名声をさらに高めることとなった。
 これまで電子版として刊行した作品の大半は小田富弥(1895~1990)や志村立美(1907~1980)など挿絵の著作権が存続しているために文章のみで構成せざるを得なかったが、本作の初出時に挿絵を描いた小林秀恒(1908~1942)は既に著作権が消滅しているため、電子版の刊行時から3点を表紙デザインへの流用を含めて再利用させていただいた。

​ 以上の理由により、他の時代小説(掲載誌が国立国会図書館やその他の施設にも所蔵されていない稀覯本と化しているため、連載が細切れになっていて公開に適さないケースもある)よりも単巻として出しやすい条件が揃っていたのが書籍版の刊行を決めた主な理由だが、電子版で既刊の時代小説についても「選集」のような形で何タイトルかをまとめて書籍版を出すことも検討中である。

 KDP直接登録でペーパーバックを作成してみた感想は、まず表紙デザインが代行業者経由の場合よりも格段に楽なことが挙げられる。今回は電子版の表紙をベースに背表紙と裏表紙を追加したのだが、ページ数が少ないために背表紙の文字入れがシビアでかなり細かいサイズにせざるを得なかった点を別にすれば、PDFで特殊サイズを指定して表・裏・背の3分割で登録する方式よりも断然こちらの方が楽に調整が進んだ。
 また、本文の改修も代行業者経由の場合は誤字に気付いて修正しようにも追加料金が重くのしかかるのだが、KDPで直接の場合は電子版と同じく追加料金が発生しないのは大きなメリットである(もちろん事前に校正をしっかり済ませ、誤字脱字を極力減らすのが望ましいのは言うまでもない)。

 今回の『怒るダム』書籍版刊行で得られたノウハウを基に、今後も渋田作品の復刻だけでなくオリジナル企画も立ち上げてみたいと考えている。

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