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二人の研究者(仮)#7 研究背景#1

研究者の朝はそれほど早くない。
大学の研究者ともなると尚更だ。教授クラスにでもなれば話は別なのだろうが。
佐藤は毎朝、忙しそうに出勤するサラリーマンを眺めながらカフェラテを飲む。乾神(いぬいがみ)駅の南口近くのカフェ。
座席は特に決めていない。ソファー席で考え事をしながら飲む時もあれば、テラス席で何も考えずにぼーっとしながら飲むときもある。
この店はどの席からも外を行き交う人の様子が見えるが、テラス席では逆に見られることもある。急いで駅に向かわなければならない人間と、仕事前に優雅にコーヒーを楽しむ自分がハッキリと対比される。価値観は人それぞれだが、どちらがいいかと聞かれるとたいていの人間は後者を選びたいと思うだろう。
自分でも少々性格が悪いと感じながらも、優越感に浸ることができるこのひとときが好きだ。

彼は焦って何かをする事が大嫌いだった。
そのため、出勤時間の割には比較的早起きだ。朝の準備はドタバタとしたくない。
学生時代からしみついた生活習慣か、それほど長い睡眠時間を要しない。そんなに長時間寝ていられない身体になっている。
一般的に大学生は暇でダラダラしていると思われがち(自分が通った所以外はよく知らないが) だが、 理系の大学は朝イチからぎっしりと授業がある。真面目に出なくても何とかなるので良いのだが、なんとなく朝から行った。授業に出れば簡単に単位が出るのだから、出ればよいのである。講師に顔を覚えられると得をすることもある。
そういえば最近は『講義』ではなく手とり足取り教える『授業』でないと学生が育たないらしい。いずれ自分の研究室に入る学生かもしれないので、教える側も必死だ。
『講義』とは講師が好き勝手に話をして、受講生はそれを聞き、必要だと思ったことをメモし、理解できないところは自分で何とかするのが大学というものだったはずだ。世知辛さを感じずにはいられない。

話が逸れてしまった。
そう。生活習慣の話だ。学生の頃所属していた研究室では先輩が基本夜型だったので、実験装置が昼間しか空いていなかった。その関係で朝から実験する習慣が付いた。卒業してもそのまま大学で研究しているから、習慣もそのままで朝型になってしまった。
こう言うと真面目な人間かと思われるかもしれないが、やらなかった時の他人や社会からのプレッシャーが嫌だっただけである。それに手の抜きどころがなんとなくわかったので苦労した覚えも無い、得な役柄だった。
現にこうやって朝早く行く必要のない仕事に就き、今まさにうまく満員電車を避ける事が出来ている。得な役柄だ。


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