大切な人との「したい」は自分が負けがいい

「会いたい」と「遊ぼう」の間には、断崖絶壁くらいの壁がたたずんでいると思っている。

多くの人がどんなタイミングで「会いたい」って使うのか知らないけど、私にとっての「会いたい」は本当に会いたいだ。あ、言ってることがわからない? まぁ、ちょっと長くなるけど聞いてよ(笑)。


自分が誰かに対して「~したい」って思うとき、基本的に私は立場上負けでいいいと思っている。この場合の”立場上 負け”っていうのは、自分の方が精神的にも経済的にも体力的にも貢いでしまうことを指す。

例をあげるとするならば

どんなに自分の気が滅入っていても、相手が凹んでいるとしれば全身全霊で励ますし

どんなに自分のお金がピンチだったとしても、会いたい相手が金欠だとするなら自分の生活費を切り詰めても捻出するし

どんなに自分が疲れていたとしても、相手が時間を作ってくれるなら会いに行く

そんな風に思っている私なので、生半可な覚悟で「会いたい」という人はよくわからないなって思う。もしかしたらそれは、社交辞令なのかもしれないけれど。会いたいって思ってくれてるなら、ちゃんと「会いたい」であってほしい。

本当に会いたい人の前では忙しいは無力だし、無理するのが当たり前だと私は思っているから。そうじゃなければ、遊ぼうくらいにしておいてくれよって。


もちろん、両想いだったら別だけどね(笑)。お互いの会いたいの比重が同じくらいなら、お互い譲歩すべきだと思うんだけどさ。そうじゃないなら、「会いたい」には本気がこもってるべきだと思うのです。

だって、その会いたい人との時間って何にもかえがたいじゃない。
たった3時間しか一緒にいられなくても、5時間くらいファミレスで待機でも。会えないよりは、会えるほうがしあわせで。それが「会いたい」だと思うんですよね。


と、「会いたい」に全力をかけてる私が書いてみる(笑)。


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坂井 彩花

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