【第305回】『スター・トレック』(J・J・エイブラムス/2009)

 人類が宇宙へ進出し始めたばかりの頃の地球。ジェームズ・T・カーク(クリス・パイン)は、宇宙船の艦長だった父親ゆずりの冒険心に溢れた青年。彼はふとしたきっかけから、建造されたばかりの最新型宇宙船エンタープライズ号の乗組員となり、初めての宇宙へ飛び出していく。そこで出会ったのはスポック(ザッカリー・クイント)、ウフーラ(ゾーイ・サルダナ)。彼らの任務は、人類を脅かす悪を阻止すること。生意気で怖いもの知らずのカークと、冷静で論理的なスポックは衝突を繰り返しながらも、初めて出会う数々の危機をクルーたちとともに切り抜けていく。

今思うと『スター・ウォーズ』の最終適正試験のようだった21世紀の『スタートレック』新シリーズ。タイトルバックまでの10分間を父親の物語に費やし、タイトルバック後は彼の息子であるジェームズ・T・カーク(クリス・パイン)の物語に引き継がれていく。ジミー・ベネット少年がカーク少年に扮し、ハイテク車を乗り回す場面はたったの1シークエンスのみであり、その後は早々にクリス・パインへと役者が移行していく。随分と忙しない物語であるものの、J・J・エイブラムスの優等生的な語りは、努めて我々観客を最低限混乱させないようにしている。

謎の巨大宇宙艦の攻撃により、幼い頃に宇宙艦隊士官だった父を亡くしたカークは、酒とケンカに溺れる荒れた日々をを過ごしていた。呑んではキレ、ウフーラにも酒場で会っているが、彼女はカークのことを軽蔑している。カークがウフーラのルームメイトとSEXをしているところに彼女が帰宅し、鉢合わせとなるなど、このウフーラとカークの関係性に J・J・エイブラムスは必要以上に時間を割いている。ある時、パイク大佐はバーで騒ぎを起こしたカークに、父は12分だけ船長だったが800名の命を救ったと語り、宇宙艦隊アカデミーへの入学を勧める。

カークには父親(クリス・ヘムズワース)が不在で、カークの母親もジェニファー・モリソンによる出産シーンはあるものの、その後は出て来ない。このあたりはJ・J・エイブラムスの作品に共通する主題となる。自暴自棄になり、やさぐれた生活を送ってきた主人公に、初めてパイク大佐という父親代わりの男が登場する。彼はU.S.S.エンタープライズ号の船長であり、かつてカークの父親と同じ船に乗っていた盟友でもある。カークのその才能を惜しみ、宇宙艦隊アカデミーへの入学を薦められたカークは改心し、連邦軍の為に戦う決心をする。

J・J・エイブラムスの脚本が優等生的なのは、恋、友情、運命、ライバル関係などをもれなく盛り込むところにある。カークはウフーラに想いを寄せるものの、彼女はバルカン人と地球人のハーフであるエンタープライズ号の副長のスポックに恋をしている。そのスポックとカークの関係は犬猿の仲であり、「コバヤシマル」という模擬戦闘での不正をスポックに告発され、聴聞会が開かれることになる頃には2人の仲は実に険悪なものとなる。今作において、主人公であるカークの目の前に立ちふさがるのは、自分の好きな人がライバルとくっつくのを目の当たりにするだけであり、最後までウフーラがカークに微笑むことはない。

しかも自分の父親代わりだったパイク船長の前に、かつての父親と同じ運命が待ち構えているのである。巨大宇宙艦ナラーダ号の圧倒的な戦闘力によって艦隊は壊滅的な被害を受け、パイク船長はナラーダ号の船長である、ロミュラン人のネロによって連れ去られてしまう。また、ネロは人工的に重力の特異点を発生させることができる「赤色物質」をバルカン星に投下し、スポックの母アマンダを含む多くの住民を道連れに、バルカン星を消滅させてしまう。この場面のウィノナ・ライダーの随分あっさりとした死に方にはびっくりさせられた。前作におけるフィリップ・シーモア・ホフマンもそうだったが、J・J・エイブラムスの作品においては随分あっさりと人が死んでいく。

パイク船長亡き後のエンタープライズ号の主導権争いは熾烈を極め、カークはエンタープライズ号から近くの惑星に追いやられる。そこでは未知のミュータント生物が餌を求めて走り回るが、捕食される寸前で老いたスポックに助けられる。宇宙船からシャトル一体で放り出されたら、どうして129年後の世界に行ったのかは、これまでのシリーズを観ていない者には不親切な語りだが、年老いたスポックはカークに精神融合し、自分の力不足で未来のロミュラン星が消滅に至ったこと、生き延びたネロはバルカン星や地球を含む惑星連邦を故郷の敵とみなし、過去にタイムトラベルしたことに乗じて惑星連邦を滅亡させ、より強大なロミュラン帝国の確立を目論んでいること、カークの父の殉職をもたらした最初の攻撃により、歴史はすでに書き換えられていることなどを明かす。

ここの説明の意味があまり理解出来ないまま、年老いたスペックは一人の男のところにカークを案内する。その男こそ、トランスワープ転送理論を打ち立てた技術者であるが、とある事情により辺境の惑星に左遷されていたスコット(サイモン・ペグ)である。ここでのスコッティはまるで『バック・トゥ・ザ・フューチャー』のドクのように救世主として主人公の前に現れるのだが、126分の物語の中で、ここでの描写は最低限の描き方にとどまっている為、いかんせんドラマチックに膨らんで来ない。再びエンタープライズ号に帰還したカークとスコッティは、過去の歴史を塗り替えてしまわないように、巨大宇宙艦ナラーダ号と船長ネロに挑むのである。

クライマックスの描写は、カークの力だけでは解決出来ない総力戦の様相を呈する。しかも転送があれだけ簡単に出来るのであれば、スタートレックの世界観やテクノロジーなんていらないのではないかと思うほど、敵味方双方が転送装置を駆使し、入り乱れながら複雑な戦争を繰り広げていく。ただ、スポックからカークへの船長交代の要因となるエピソードはもっと別なもので良かったはずだし、転送直前のスポックとウフーラのこれ見よがしのキスも正直いらない 笑。SFならSFの流儀できっちり見せるべきだし、あれ以前からカークの失恋は誰の目にも明らかである。

最後まで駆け足になってしまったあまり、全体的に詰め込みすぎの印象はあるものの、『スター・ウォーズ』で言えば、おそらくエピソード3つ分に相当するようなボリュームのある物語を、126分に強引にまとめ上げた手腕は評価出来る。サイモン・ペグと宇宙人の場面は『スター・ウォーズ』に通じる世界観とユーモアが感じられる。おそらくあの辺境の惑星自体もタトゥイーンの変奏だろう。何よりもエンタープライズ号の宇宙での動き方を見れば、J・J・エイブラムスの資質がスパイ映画よりもSF映画に親和性があるのは誰の目にも明らかである。この人は落下が得意な人でもあるのだが、それはまた別の機会に。

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