【第322回】『未知との遭遇』(スティーヴン・スピルバーグ/1977)

 冒頭、砂煙の中から古い戦闘機が顔を出す。どうやらそれらは第二次世界大戦で使われたものらしく、1945と刻印されている。30年前の消失当時からほとんどダメージがないように見えるその戦闘機発見の不可思議が今作の導入部分となる。調査団一行のリーダー、ラコーム(フランソワーズ・トリュフォー)はこの不可思議な事件の調査に入るが、そんな矢先、インディアナポリスのコントロール・センターには未確認飛行物体の姿が写し出され、TWA機より不思議な物体を見たという連絡が入る。

70年代初頭〜中期までのスピルバーグ作品においては、身近なところに潜む恐怖を描いていた。『突撃!』では何気ない通勤時に偶然出くわしたタンクローリーが殺人マシーンとなって、主人公の平和な日常に襲いかかる。『ジョーズ』では海開き目前の平和な海に突如殺人ザメが現れ、彼らを食い尽くしていく。モンスターはふと気付いた時には、車のすぐ後ろや海の中でバタつかせた足先におり、恐怖の惨劇に引きずり込むのである。今作も自分の身近に存在する「見えない恐怖」を描いているのは間違いない。インディアナ州の田舎町の一軒家で睡眠を取るバリー(ケイリー・グッフィ)少年の元で、突如周囲に置いてあったおもちゃの電源が入り、生命がいるかのように暴れ回るのである。一方で同じ町に住む電気技師ロイ(リチャード・ドレイファス)は、この一帯の停電の原因を調べるため車を走らせている。途中道路の真ん中に停車したところで、背後にいた車とおぼしき物体がゆっくりと空高くまで飛んでいく。バリーもロイもまるで恐怖映画のような演出に見舞われながら、どういうわけか闇の中で蠢く不思議な物体と光に目を奪われることになる。そして彼らはその「見えない恐怖」から逃げるのではなく、むしろ積極的に近づこうとしていく。

愛妻家で子煩悩だったロイはこの未確認飛行物体との遭遇以来、仕事も手につかなくなり、良き夫良き父親としての役割すら放棄し始める。彼は不思議な三角形のイメージに囚われており、そのイメージを何とか具象化しようと躍起になる。それゆえ妻や子供達からは見放され、三行半を突きつけられる羽目になる。失踪したバリーの母親であるジリアン(メリンダ・ディロン)もやはり同じようなイメージに囚われており、スケッチするのは謎の三角のオブジェであった。第二次世界大戦時に使用された飛行機の発見に始まり、未確認飛行物体を見たものの謎の日焼け、バリーの神隠しのような人攫いなど根底にサスペンスの要素を交えながら、やがて彼らが囚われていたイメージが、ワイオミング州にあるデビルズ・タワーであることがわかる怒涛の展開は、いったいどこに着地するのかわからない真にスリリングでジャンル映画の定型にはまらない可能性を見せる。

ロイとジリアンを結びつけるものはいったい何なのかさっぱりわからないが、群衆シーンでジリアンを見つけたロイが勢いよく駆けつけるショットにはスピルバーグの尋常ならざる思いが滲む。その後車で強行突破し、デビルズ・タワーに向かう道中には、牛や馬の屍が累々と横たわる。あのシンボリックな三角形の近辺ではガスが充満し、すべての生物の侵入をシャットアウトするかのようである。ここではミステリーを解決させたいロイとジリアン、未確認飛行物体とのコンタクトを取りたいラコーム、そして諸々のミステリーを隠蔽したい軍の三者三様の思惑が入り乱れる。明らかに軍はこの事件に蓋をし、証拠隠滅を図りたいのである。要は彼らにとっては未確認飛行物体は鬱陶しい敵でしかない。しかしながらラコームはもう少し宇宙人に対して寛容であり、友好的なのである。ロイとジリアンはおよそ軍とラコームの意見の中間に位置し、呆気に取られながらも核心を掴むべく山頂へと向かうのである。

クライマックスの荘厳さはキューブリックの『2001年宇宙の旅』に勝るとも劣らない70年代屈指の名場面であろう。5音階を駆使し、宇宙人と馬鹿真面目にコンタクトを執ろうとするトリュフォーのシリアスな演技にも感激するが、おびただしい人間たちがゆっくりと空に広がる巨大な宇宙船をただ静かに見上げる場面は文句なしに素晴らしい。『2001年宇宙の旅』や『スター・トレック』の母船も描いてきたダグラス・トランブルによる宇宙船の造形も、CGで書き足すことが出来なかった時代の捉えどころのない無限の想像力を感じ、胸が熱くなる。当時子供の頃に観た時にはまるでわからなかったが、今観ると未知の生物に対してはとりあえず構えるのではなく、子供の気持ちに戻って受け入れることの大切さを感じる。ファンタジーというのはそういう目に見えない要素の集合体であり、決して理詰めでは説得されない次元にあるはずだ。その琴線に触れる何かがこのクライマックスには確かに詰まっている。

結局、どうしてバリーが母親の元へ戻されたのか?なぜロイは旅立たなければならなかったのか?そして第二次世界大戦中に攫われた人間たちはなぜアメリカへ戻ったのかが解明されることはない。それよりもスピルバーグはこの世界に降り立ったマザーシップの荘厳的な美しさと宗教的啓示をこそ強調して描こうとしている。1977年にはまったく毛色も趣も異なる2本のSFが制作された。そのうちの1本が今作であり、もう1本は盟友ジョージ・ルーカスの『スター・ウォーズ』だったのである。

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