【第639回】『アウトロー』(クリストファー・マッカリー/2015)

 アメリカ合衆国ペンシルベニア州ピッツバーグ、アルゲイニー川が広がる都会的な街並みを1台の白いバンが走る。ノース・サイドをゆっくりと下ると、メジャー・リーグのピッツバーグ・パイレーツの本拠地であるPNCパークが姿を現わす。車は立体駐車場の中へ入り、PNCパークの裏側にある川沿いの土地を一望できる場所へ降り立つ。白い半透明カーテン、呼吸を整えた男は散弾銃を構える。照準器で絞られた川沿いの平和な人たち。やがて左側からスーツ姿の女性が歩いて来たのを確認し、男は無差別に辺りにいる人に発砲する。無作為に発射された6発の銃弾、ほんの一瞬の凶行により、5人の尊い命が奪われる。早速エマーソン刑事(デヴィッド・オイェロウォ)たちは現場の実況見分を行う。薬莢と支払いに使われた硬貨、その指紋から元アメリカ陸軍のスナイパー、ジェームズ・バー(ジョセフ・シコラ)が容疑者として浮上する。冒頭のパラレル・モンタージュの正体がジェームズ・バーだったことが明らかになり、彼は逮捕され留置所に送られる。「死刑か終身刑かどちらかを選べ」とエマーソン刑事が話すが、容疑者は一切のダンマリを決め込む。アレックス・ロディン検事(リチャード・ジェンキンス)も見守る中、第1級殺人の嫌疑をかけられた男は「GET JACK REACHER」(ジャック・リーチャーを呼べ)という言葉を刑事に言い残す。

 英国人推理小説家リー・チャイルドのベストセラー小説『ジャック・リーチャー』シリーズの初の映画化。原作では9作目に当たる物語は、イラク出兵時代の同僚の証言により、ジャック・リーチャーの過去が一通り明かされる映画の一発目に相応しい導入部分で幕を開ける。ベルリンの米軍基地で、海兵隊員の父とフランス人の母の間に生まれた男は、その後イラク戦争に出兵し、数々の勲章を持ち帰る。そのキャラクター造形はイラク戦争に4度従軍した『アメリカン・スナイパー』のクリス・カイルを彷彿とさせる。導入部分で無差別殺人をするジェームズ・バーの描写は真っ先に『ダーティハリー』シリーズのサソリと重なる。『ダーティハリー』シリーズの1~3に出演したシリアル・キラーたちは、ベトナム戦争に出兵し、ボロボロの精神状態で本国へ戻った未熟な愛国者達だった。今作でもジェームズ・バーはジャック・リーチャーが話す軍隊に入る理由の4つ目に該当する。1つ目は軍人の家系、2つ目はアメリカの愛国者、3つ目は貧困で特にやることが見つからない人間、そして4つ目は人が殺したくて軍隊に入る人間である。国に残れば正気を保てない人間が、戦場では快楽殺人のターゲットを見つけ放題だがジェームズ・バーにとっては事態は深刻だった。彼は1度も引き金を引くことなく、本国への帰還を命じられる。殺人への衝動が疼いた男は民間兵を殺し、ジャック・リーチャーに目をつけられる。快楽殺人で欲望を満たすシリアル・キラーの再燃。アメリカに潜伏していたかつての英雄は10年前の因縁を片付けるためにピッツバーグの地に降り立つ。

 監督であるクリストファー・マッカリーはトム・クルーズ主演で70年代の『ダーティ・ハリー』シリーズの再現を試みるが、脚本家出身の男だけにジャック・リーチャーには二重三重の罠が待ち構える。流れ者の自由人がどこからともなくやって来て、事件を解決しすぐに立ち去って行く展開は西部劇の現代アレンジだろう。たどり着いた先には美人で堅物の弁護士ヘレン・ロディン(ロザムンド・パイク)がいて、彼女と恋仲になりそうになる展開は『007』シリーズや『ミッション:インポッシブル』の影響は免れないが、ただ一点、ジャック・リーチャーの自由人としての鉄の掟がオリジナリティとなる。アウトロー7カ条として、職には就かず、住居は持たず、身分や居所を明かす物も持たず、人とは絶対につながらず、証拠は信じず、法律よりも自分ルールを重んじ、悪は決して許さない男の行動は刑事や弁護士以上に法の執行人たるアメリカのダーティ・ヒーローとしてのタフガイのイメージを色濃く残す。そのどれもこれもドン・シーゲルとクリント・イーストウッドの師弟コンビの辿った道だが、トム・クルーズは嬉々としてイーサン・ハントとはまったく毛色の違う20世紀的なタフガイのジャック・リーチャーの姿に執着する。『ミッション:インポッシブル』のような心強い味方のいない主人公が、終盤にかけてキャッシュ(ロバート・デュヴァル)を強引に仲間に加える展開が心憎い。今作で現代ハリウッド随一のスターであるクリント・イーストウッドへの尊敬の念を多分に感じさせながらも、イーストウッドが加齢の描写を入れたのに対し、トム・クルーズは51歳になっても、いつまでもあの頃のトム様のままで居続ける。現代ハリウッド究極のアンチ・エイジングを施したトム・クルーズの姿に痺れる1本である。

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