【第573回】『スペース カウボーイ』(クリント・イーストウッド/2000)

 地球の輪郭が少しずつ浮かび上がり、颯爽と並べられた『SPACE COWBOY』の文字列。1958年、アメリカ空軍のX-15テストパイロットチーム通称「ダイダロス」は今日も空中で訓練を行っている。ホーク・ホーキンズ(トミー・リー・ジョーンズ)は相変わらず運転が荒く、高度34000mもの高さに機体をグングン上昇させる。その烈しい運転を後部座席で嗜むフランク・コーヴィン(クリント・イーストウッド)の姿。地上ではジェリー・オニール(ドナルド・サザーランド)が週刊誌のピンナップ・ガールを見ながらほくそ笑み、タンク・サリバン(ジェームズ・ガーナー)はハワイのフラダンサーのおもちゃと戦闘機の運転に勤しんでいる。ホークは月への憧れをフランクに語るが、機体は高度34000mから突如計器に異常をきたし、きりもみ式に地上へと急降下する。ホークは墜落の危機にも『Fly Me To The Moon』を口ずさみながら、盟友であり、ライバルでもあるフランクと共にパラシュートで落下し、どちらが先に地上に着けるか勝負する。事務所に戻ると、怒り心頭で2人を説教するボブ・ガーソン(ジェームズ・クロムウェル)の姿。これで今月3機目の機体破壊に業を煮やしたガーソン大佐は、チーム「ダイダロス」の宇宙計画を中止し、チンパンジーを宇宙に飛ばす計画をメディアに宣言する。フランクとチンパンジーが握手をする屈辱的な姿。これが後に「マーキュリー計画」とも呼ばれたNASAのプロジェクトとなる。こうしてチーム「ダイダロス」は屈辱的な形で解散し、4人のメンバーは散りじりになる。

『SPACE COWBOY』というタイトルが、宇宙計画と西部劇を模したものであることは想像に難くない。50年代という宇宙計画の時代を生きたフランク・コーヴィンは40年後の現代において、NASAとは関係ないしがないメカニックとして、妻と2人、悠々自適の生活を送っている。子供のいない夫婦、密室になったガレージ内で妻バーバラ・コーヴィン(バーバラ・バブコック)とじゃれ合う様子は、新婚夫婦のそれと何一つ変わらない。妻バーバラの冗談による一瞬の説教の後、突然ガレージの扉が開き、要人と思しき2人の男女が待ち構える。この導入部分の展開は、明らかに82年に自身が監督した『ファイヤーフォックス』を想起させる。『ハートブレイク・リッジ 勝利の戦場』のようなアメリカの官僚機構への電撃的な復帰の後、衛星軌道上で旧ソ連によって作られ、ソ連崩壊後のロシアで引き続いて使われている通信衛星「アイコン」が故障。ロシアと協力して修理を行うことになったNASAが調査したところ、かつてアメリカが作った宇宙ステーション「スカイラブ」と同じシステムが使われていたことが判明する。この「スカイラブ」はフランクが開発し、NASAに置き土産として残した曰くつきの子供であり、この難解で物騒な1950年代的な代物を修理出来るのは、現代技術ではなく、実際に開発に携わったフランクの力が必要だと白羽の矢を立てる。冷戦下のアメリカと旧ソ連の開発戦争の渦中にいきなり巻き込まれる主人公の造形も、まるで『ファイヤーフォックス』のその後を描いたような錯覚に陥る。主人公の徹底した官僚機構嫌いはイーストウッドならではであり、屈辱的な形で解散したチーム「ダイダロス」は、21世紀の現代に颯爽と蘇る。その姿はまるで、かつて歴史に置き去りにされた西部劇のスターたちの復権に思えてならない。

一見、大上段に構えた物語ながら、その緊張を解すのは、チーム「ダイダロス」として再結集を果たした名優たちの方の力みのない演技に他ならない。クリント・イーストウッド、トミー・リー・ジョーンズ、ドナルド・サザーランド、ジェームズ・ガーナーの4人が自らの衰えを隠さず、自虐的に老いと戯れる姿は観客の共感を呼ぶ。前半部分をフランクがチーム「ダイダロス」のメンバーを再結集するところから、身体測定〜厳しい訓練に徹し、後半、鮮やかに宇宙へ飛行する物語のメリハリも素晴らしい。『ファイヤーフォックス』の多分に『スター・ウォーズ』を意識したクライマックス・シーンの失敗と後悔を踏まえ、特殊効果をIMLに依頼した作品ながら、あえて流行りのCG/VFXにはあまり頼らず、無重力状態の宇宙を漂うクリント・イーストウッドとトミー・リー・ジョーンズのアナログ的な動きに託した終盤のSFシーンの素晴らしさ。中盤のちょっとした酒場でのいざこざもイーストウッドの刻印を確かに残す。イーサン・グランス(ローレン・ディーン)という血気盛んな若者への教育の主題は『センチメンタル・アドベンチャー』、『ハートブレイク・リッジ 勝利の戦場』、『ルーキー』等至る所で反復されてきたが、今作の非業の死はイーサンではなく、まるで西部劇の神話のように、別の人物を夢=宇宙の神話へと導く。 ハリー・ウィナーの『スペースキャンプ』やロン・ハワードの『アポロ13』が誰一人死なせないことをアメリカの正義としたのに対し、今作ではそれとは真逆の感慨を抱かせる。カウント・ベイシー楽団の演奏をバックに、フランク・シナトラが軽快に歌う『Fly Me To The Moon』の調べの筆舌に尽くしがたい美しさ。宇宙の神秘と崇高さを示す物語は、撮影監督ジャック・N・グリーンの最後のイーストウッド作品となった。

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