【第658回】『メン・イン・キャット』(バリー・ソネンフェルド /2016)

 ニューヨークの上空数1000メートル、朝から自家用ジェットで遥か上空まで上がった「ファイヤーブランド」社の社長トム・ブランド(ケヴィン・スペイシー)は、息子で部下のロビー・アメル(デヴィッド・ブランド)に見守られながら、落下の準備をしている。息子に一緒に飛ばないかと声をかけるが、高所恐怖症の息子は社長の提案を拒否する。「またな」と声を掛け、ニューヨークの空の旅を楽しんだ男は、竣工式を目前に控えた真新しい自社ビルの屋上に降り立つ。北米一の高さを誇ると豪語した社長は、やり手のビジネスマンであり、ニューヨークの一等地に自社ビルを持つ、まるでドナルド・トランプのようなアメリカン・ビジネスの成功者として鎮座する。やり手だが性格は超ワガママで、部下の進言にはほとんど耳を傾けないワンマン社長だった。彼は次々に立ち上げたビジネスを軌道に乗せるために、家族とのプライベートを犠牲にして来た。美人で2度目の妻ララ(ジェニファー・ガーナー)からの会議中の電話にも出ず、息子に応対を頼る始末。11歳になる娘レベッカ(マリーナ・ワイズマン)は12歳の誕生日を目前に控え、仕事で多忙な社長はgoogle検索で「オフィスから一番近いペットショップ」で表示された一軒のペットショップ「パーキンス・ストア」の前で立ち止まる。

 これまで散々、家庭を顧みなかったトム・ブランドは、最初の結婚をしたマディソン(シェリル・ハインズ)とはすれ違いが原因で既に破局している。彼女が思い出すのは、会社を立ち上げた頃のまだ若々しい夫の姿だけ。トムとの愛の結晶として生まれたロビーの躾も、仕事で忙しい夫になり代わりほとんど自分でして来たが、大学4年になった息子を別れた旦那の会社に出向させている。既にマディソンには新しい夫がおり、彼との間にロビーとは異父兄妹のニコール(タリサ・ベイトマン)がいる。別れた最初の妻マディソンと二度目で現在の妻ララとは友人関係にあり、互いの家を行き来している。マディソンの口から出る言葉はいつも「トムと別れた方が幸せよ」である。この一言に彼の家庭人としての姿が全て集約されている。バリバリの仕事人として育ったトムは息子のロビーがナイーブでひ弱な青年に育ったことを内心、あまり快く思っていない。高所恐怖症でただただ怯えるだけだった息子に対し、父は「ファイヤーブランド」社特注のスカイ・ダイビング・スーツをプレゼントする。2番目の妻であるララはマディソンよりも若く、よく出来た妻であるが、一つだけ夫が子煩悩でないことだけが気に入らない。竣工式の準備で多忙なトムは、北米一の高さを誇るビルの完成目前で、シカゴで着工しているビルが自社ビルを越える高さになると聞いて苛立ちを隠さない。北米一の高さを誇ったビルとは云うまでもないが、2001年9月11日のアメリカ同時多発テロ事件で崩壊した「ワールドトレードセンター」に他ならない。傲慢なエゴイストである経営者の夢は、そのままアメリカの誇りを再建することにも繋がっている。

 家庭を顧みずに、仕事に励む猛烈な仕事人間に起きた家族崩壊の危機という主題は、真っ先にスティーヴン・スピルバーグの『フック』と共鳴する。あの映画ではロビン・ウィリアムズ扮するピーター・バニングが幼い頃にピーター・パンだった過去を思い出し、再びフック船長に相見えたが、今作ではワガママ社長トムとサイベリアン・フォレストキャット(通称:シベリア猫)とが突然入れ替わる。人間と人間との入れ替わりで言えば、直近の新海誠の『君の名は』が思い浮かぶが、人間と動物との入れ替わりは極めて稀な事態となる。そこに今作のコメディとしての真髄がある。彼は皮肉にも猫に姿を変えられたことで、人間時代には気付かなかった家族の様々な喜怒哀楽に気付いてゆく。主役となるシベリア猫は6匹が分担しながら1匹の猫を演じている。走り、ジャンプ、狭いところに入る、愛くるしい表情などそれぞれの猫の得意分野を把握したアニマル・トレーナーが、シーンごとにシベリア猫を入れ替え撮影された裏方スタッフの涙ぐましい努力と、犬に比べて気分屋な猫に辛抱強く付き合った裏方スタッフの忍耐力が偲ばれる。ステレオタイプな悪役を堂々と演じたイアン・コックス(マーク・コンスエロス)よりも、『ユージュアル・サスペクツ』でただ1人無傷で生き残った男ロジャーを演じた強面のケヴィン・スペイシーのコメディアンとしての意外な才能よりも、何よりもミステリアスなペットショップ店長を演じたフェリックス・パーキンス(クリストファー・ウォーケン)の怪演ぶりが素晴らしい。Esqueritaの『Wildcat Shakeout』、Jimmy Smithの『The Cat』が並ぶ店内、The Coastersの「Three Cool Cats」でステップを踏むクリストファー・ウォーケンの怪演ぶりが何もかもかっさらってゆく。それにしても『メン・イン・ブラック』シリーズのバリー・ソネンフェルドだけに、『メン・イン・キャット』とした安易な邦題だけは何とかならなかったものか?

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