【第281回】『フライト・ゲーム』(ジャウマ・コレット=セラ/2014)

 航空機ハイジャックというジャンルの作品としては、『コン・エアー』や『エア・フォース・ワン』、それに『エグゼクティブ・デシジョン』を思い出す。そのものズバリなグリーングラスの『ユナイテッド93』などもあるが、今作の念頭にあったのはおそらく『ダイ・ハード2』ではないか?というのも前作『アンノウン』のクライマックスは高層ビルでの爆破をめぐる攻防戦だった。『ダイ・ハード』も非番の刑事が高層ビルでたった一人で敵と攻防を繰り広げる映画だった。おそらくジャウマ・コレット=セラは前作で『ダイ・ハード』に曲がりなりにもオマージュを捧げ、今作では実際に機内にいながら、見えない犯人との爆破を巡る攻防を描いている。

航空保安官ビル(リーアム・ニーソン)が客を装い、アメリカ・ニューヨークからイギリス・ロンドンへ向かう旅客機に乗り込む。大西洋の上空を飛行中の真夜中、機内ではほとんどの乗客が寝静まっていた。その時、ビルの携帯に不審なメールが届く。明らかにビルの行動を監視していると思われる正体不明の送信者は“指定の口座に1億5000万ドル送金しなければ、20分ごとに機内の誰かを殺すという内容だった。単なるいたずらかどうか真偽のほどを疑っているうちに、1人目の犠牲者が出る。大西洋上空をフライト中の密室とも言える航空機内で起こった殺人に、ビルはまず乗客を疑い携行品を調べるが、何も手がかりになるようなものは見つからない。保安局が乗客名簿を調べるも怪しい点は誰にもなく、指定された口座がビル名義であるため、彼へ疑いの目が向けられてしまう。次の犠牲者が出るまでのタイムリミットが迫り、緊張感が高まる中、見えざる敵との頭脳戦が始まる……。

今作では完全無欠な主人公ではなく、心に悲しみのキズを負った1人の男が登場する。彼はかつてアルコール中毒で、実の娘を白血病で亡くした悲しい過去を持ち、決して品行方正とは言えない航空保安官としても問題のある人物である。この主人公の設定はジャウマ・コレット=セラの前々作である『エスター』にも近い。冒頭、車の中で誰にも知られずにアルコールを口にした男は、ゆっくりと飛行場へと足を進める。その道中では馴れ馴れしくも、様々な男たちが彼に話しかけてくるが、ビルは気に留めない。やがて搭乗客の最後の1人である少女をビルの機転により中に乗せると、飛行機はロンドンへ出発する。

彼の隣の席は黒人ザック・ホワイト(ネイト・パーカー)だったが、窓側を希望する女ジェン・サマーズ(ジュリアン・ムーア)たっての希望により、席を交換し、ビルの隣へ。他にも数人の客が怪しい動きを見せるものの、その時点ではビルも気に留める様子もない。だが寝静まったところで、通信の混線により、彼の元に殺人予告のメールが届く。ここでの映像の処理は賛否両論あるだろう。LINEによるやりとりが背景にそのまま視覚化され次々に出て来る。彼はメールを打っているのが誰なのか探るため、客室乗務員のチーフであるナンシー(ミシェル・ドッカリー)とジェンに助けを求め必死に犯人を探ろうとする。ここで疑心暗鬼に陥る主人公の姿は、『エスター』の父親ともダブる。この航空機の乗客150人全てが怪しく、ビルの行動は逐一監視されている。いったい誰が?どんな目的で?ジャウマ・コレット=セラは「who」を隠し続けることで、事件の緊張感を持続させる。

その中で20世紀のあらゆる犯罪ものとは違う「9.11」以降という言葉が急にクローズ・アップされる。彼が最初に疑った東洋人は医者でシロだったが、結局人間とは有事になった時、マイノリティを疑うのである。またビジネス・クラスとエコノミー・クラスの乗客の間で諍いが起こり、事態は混乱する。そのうちテレビ・モニターに映し出された「犯人はビル」の報に乗客は全員釘付けになり、NY市警の警察官のライリーが中心となり、ビルを取り押さえることになる。そうしている間にも、時限爆弾のタイマーは刻一刻とゼロになろうとしている。犯人はラスト20分まで明かされることはない。こういう物語の場合、一番怪しくない人物が犯人であることが多いが、個人的には意外な人物だった。

この脚本に幾つか難を挙げるとすれば、もう少しビルと副操縦士の心の葛藤に重きを置いて欲しかったということに尽きる。彼は高度を下げて、決死の着陸に挑むのだが、その前段階として主人公と副操縦士の間にもっと心を通じ合うやりとりが欲しかった。あとは少女のことだが、彼女はあの歳でいったいどうやって1人で飛行機に乗ったのだろうか 笑?NY市警の非番の刑事もそうだが、乗客になる必然性のない人物が結構混じっていた。

大抵このジャンルの物語は、犯人が犯行に至った理由を述べ始めた途端に白けるのだが、今作も例外ではなかった。9.11以降の問題が出て来たにも関わらず、その程度の大義名分で150人を死に至らしめようとする行為自体が実に愚かである。また犯人はどうやってビルの個人口座やメール・アドレスを盗み出したのか?そういう実は大切な伏線の部分が結構ないがしろにされているのも気になった。だが今作におけるジャウマ・コレット=セラとリーアム・ニーソンのコンビを見て、全盛期のトニー・スコットとデンゼル・ワシントンのコンビに近付いていることに気付いた人は多いだろう。お得意のカー・チェイスも封印し、航空機内という限られた空間の中で、緊迫した心理戦を展開し、大ヒットさせる。このごく当たり前のことが、近年のアメリカ映画には出来ていない。その隙間を埋める存在としてジャウマ・コレット=セラは現代アメリカ映画史に堂々位置する。

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