【第572回】『ディアスポリス -DIRTY YELLOW BOYS-』(熊切和嘉/2016)

 東京のどこか(ロケ地は赤羽!!)にある廃墟のような雑居ビル。昭和を感じさせる縦書きのカタカナによる「キャバレー」の懐かしい文字。一説には15万人とも言われる違法難民の支援のために、日本の警察とは別の組織である異邦警察は、秘密組織「裏都庁」を非合法に構えている。裏都庁には秘密銀行、ヤミ医者、警察組織「ディアスポリス」が揃い、日々難民たちの生活を支えている。「ディアスポリス」のたった1人の警察官で、署長でもある久保塚早紀(松田翔太)は裏都庁知事コテツ(康芳夫)や裏都庁助役の阿(柳沢慎吾)の指示を受けながら、1人では捌ききれない量の仕事をこなしている。そんな中、上司に騙され、巨額の横領事件の重要参考人にされた鈴木博隆(浜野謙太)を整形させ、裏都庁の2人目の警察官(相棒)として招き入れた久保塚は、警察のスパイだった犬崎(KONTA)の拷問にも屈せず、阿と鈴木の救出により事なきを得る。自白剤を飲まされ、両腕を折られた久保塚は3日間死んだように眠り続ける。今作はドラマ版第10話の正当な続編として物語を紡ぐ。性感マッサージの仕事で生活する久保塚の友人マリアは、出向いた先のホテルで偶然、周(須賀健太)と林(NOZOMU)のコンビの餌食となり、手足を縛られ、身代金100万円を振り込むよう久保塚側に要求が来る。

今作は漫画『ディアスポリス 異邦警察』の深夜ドラマ化全10話のヒットを経て、新たに制作された劇場版である。ドラマ・シリーズでは冨永昌敬、茂木克仁、真利子哲也、熊切和嘉がリレー形式で、前後編完結の物語を5つ紡いだが(冨永昌敬は実質4話を監督)、今作は第7話と8話を監督した熊切和嘉がメガホンを取る。冨永昌敬、真利子哲也の2人は今作を『探偵物語』や『傷だらけの天使』のような不条理喜劇として紡いでいたが、熊切和嘉が監督した第7話と8話は不条理劇とは異質の、シリアスなベクトルに舵を切ったエピソードが興味深かった。『ディアスポリス 異邦警察』の原作に対する監督同士の微妙な解釈や温度差の違いが、鮮やかなレイヤーの違いを生んだのは云うまでもない。映画版では康芳夫や柳沢慎吾など、赤羽の事務所に駐在する「ディアスポリス」の面々よりもむしろ、周(須賀健太)と林(NOZOMU)率いるダーティ・イエロー・ボーイズという敵役にこそ、監督は甚大な熱量を注いでいる。これまで黒長臂(中村達也)や犬崎(KONTA)など、数々のパンチの効いた難敵に追いかけられた久保塚と鈴木が、一転して周と林を追う展開になる。かくして横浜、熱海、大阪など幾つかの地方都市を巡るロード・ムーヴィーの幕が開く。雲集霧散を繰り返しながら、いつ終わるともわからない追走劇を繰り返す様子は、真っ先に相米慎二の『ションベンライダー』を想起させる。

久保塚早紀はマリアへの復讐という思いは抱えながらも、ドラマ・シリーズ全10話で傷つき倒れていった仲間たちや敵達の苦難を思い、これ以上の犠牲者は出したくないと、うんざりした思いに駆られている。異邦警官としての彼の活動は、徹底して拳や拳銃などの暴力に訴えかけない。確かに黒長臂による絶体絶命のピンチに対し、ネズミ捕りを使い対抗したのは事実だが、久保塚は目には目を歯には歯をの倫理には決して至らない。今作は周と林、久保塚と鈴木、それに伊佐久真人(真木蔵人)と横島忠男という男同士の友情に3つのレイヤーを作る。久保塚と伊佐久は同じ周と林のグループを追いながら、2人のスタンスは更生と復讐とにはっきりと二分される。中盤の人気者・浜野謙太の物理的な離脱は残念だし、周と林、久保塚と鈴木、伊佐久の3つの状況を交互に描いた構成が、必ずしも物語をダイレクトに盛り上げているとは言い難い。そもそもドラマ版の強敵たち(福島リラ、中村達也、KONTA)の背景がまったく見えないことが、かえって彼らの言いようもない怖さを露呈していたのに対し、熊切和嘉が担当したドラマ版の第7話と8話では、芦那すみれが私怨を抱いた理由が懇切丁寧に説明されるため、ややトーン・ダウンしたのは否めない。その方法論は今作も同様で、監督は周と林に暴力と殺人を繰り返させながら、彼らの生い立ちや境遇を何度もクロスさせていく。その説明過多な登場人物の描写が、逆に活劇の快楽を奪ってしまう。

『鬼畜大宴会』でコンビを組んだ撮影監督の橋本清明のカメラワークは、時に手持ちカメラで対象人物に寄り、その運動を速度感を持って描きながら、時にロング・ショットの長回しで対比的に描いている。暴力の嵐とも言うべき銃撃戦や手持ちカメラと長回しの配分には、初期衝動に立ち戻らんとする熊切和嘉の強い意図が感じられる。それと共に分割ショットなど幾つかの新機軸も交えている。途中まではまったく感じなかったのだが、終盤になって真っ先に気付いたのが『鬼畜大宴会』との類似性だが、ここには肝心要の女性がほとんど出て来ない。まるで時代に逆行するように、今作は男同士の血と泥にまみれた暴力と友情のオンパレードである。俳優陣で言えば、終盤に登場する安藤サクラと宇野祥平が、フレームの中で明らかに抜きん出た存在感を放っている。新人であるSIMI LABのOMSBの好演も忘れてはならないだろう。ドラマ版の久保塚と鈴木のコミカルなやりとりはまるで『探偵物語』の松田優作と清水宏のシュールなやりとりを彷彿とさせるが、シリアスな久保塚と鈴木のラスト・シーンは賛否両論を巻き起こすに違いない。『探偵物語』の松田優作、『まほろ駅前多田便利軒』の松田龍平、そして『ディアスポリス』の松田翔太とハードボイルドを血流とする家族の系譜は、脈々と受け継がれている。

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