【第638回】『ミッション:インポッシブル/ローグ・ネイション』(クリストファー・マッカリー/2015)

 ベラルーシ・ミンスクの草むらの中、ウィリアム・ブラント(ジェレミー・レナー)が無線によりベンジー・ダン(サイモン・ペグ)にプレッシャーをかけると、緊迫した状態のベンジーはプランBからプランCへの変更をブラントに進言する。此の期に及んでの土壇場でのプラン変更。世界中を殺傷する能力を持つ化学兵器「VX神経ガス」を強奪したチェチェンの独立主義者たち、彼らを乗せた飛行機は今にも飛び立とうとしているが、ベンジーの遠隔操作システムはまったく歯が立たない。そこへIMFを離れたはずのルーサー・スティッケル(ヴィング・レイムス)が助けに駆けつける。2人がかりで何とか飛行を阻止しようとあれこれ試みるが、無情にもタイム・リミットは刻一刻と近付いている。そこへ物凄い勢いでイーサン・ハント(トム・クルーズ)が小高い丘を猛スピードで下り、飛行機の屋根によじ登り、ドアの開閉ボタンのロックを解除するようベンジーに指令する。命綱なしのトム・クルーズの上空数1000mへの決死の飛行を捉えたアヴァン・タイトルの素晴らしさ。トム様は52歳になってもアクション・スターしての矜持を見せる。場面は変わってイギリス・ロンドン。閉店間近のレコード店に滑り込んだイーサン・ハントは美人の店員と2,3質問を交わす。美女はThelonious Monk Quartetの『Trinkle, Tinkle』のオリジナル盤をカウンターの下から取ると、「あなたは特別な人なの?」とハントに尋ねる。彼は笑みを作ったまま美女に何も語らない。

 試聴室のターンテーブル、指紋認証をクリアした男は、数日前のベラルーシの事件の詳細を伝え聞く。しかしその会話の主はIMFではなく、謎の犯罪組織「シンジケート」からの罠だと気付くがヒーローには過酷な運命が待ち構える。こうして試聴室のドアはロックされ、イーサン・ハントは真っ白に煙る部屋の中で、不敵な表情を浮かべたソロモン・レーン(ショーン・ハリス)の前で意識を失う。前作『ミッション:インポッシブル/ゴースト・プロトコル』同様、完全無敵なはずのイーサン・ハントは敵の罠にいとも簡単に落ち、CIA長官アラン・ハンリー(アレック・ボールドウィン)はイーサンを一切の命令に応じないとし、第一容疑者(重要参考人)として彼の行方を追う。前作同様またしてもIMFの信頼は大きく失墜し、ウィリアム・ブラントはアランの前で煮え湯を飲まされ続ける。IMF解体後を描いた今作では、イーサン・ハントと行動を共にしたかつての仲間たちは道を違える。ルーサー・スティッケルはハントを1人の友人として助けたいと願いながら、CIA長官アランの下についたウィリアム・ブラントを軽蔑し、心底忌み嫌う。だがブラントはブラントでIMF復活の捲土重来のチャンスを虎視眈々と狙う。かつて無敵だったはずのイーサン・ハントが一転して衆人環視システムの罠にはまり、仲間の手を借りなければ袋小路から抜け出せない設定は、革命的だった『ジェイソン・ボーン』シリーズへの目配せが感じられる。

 ベラルーシ・ミンスクで始まった物語の舞台はイギリス・ロンドンを経由し、6ヵ月後キューバ・ハバナへ。その後、オーストリアのウィーンで痛ましい事件が起き、モロッコ・カサブランカへ向かい、クライマックスには再びイギリス・ロンドンへ。世界規模の国境のボーダレス化はスパイ映画のフィジカルな身体を極限にまで高め、アクション・シーンの苛烈なショット構成は『ジェイソン・ボーン』シリーズをも凌ぐ。その中でも特に素晴らしかったのは中盤のオーストリアのウィーンのオペラの場面である。まるでアルフレッド・ヒッチコックのイギリス時代の傑作『暗殺者の家』のクライマックスのような、アルバート・ホールをウィーンのオペラに翻案した名場面。カーテンに刺さるナイフの描写も迫力満点である。英国諜報員たちの静かな心理戦はクリストファー・マッカリーからジョン・ル・カレのスパイ小説への返答のでもある。今作でトム・クルーズ以上の活躍を見せるサイモン・ペグ、ショーン・ハリス、サイモン・マクバーニーらスーツ姿の男たちの躍動はこれまでの『ミッション:インポッシブル』シリーズとは一味違うまるで『007』シリーズのような上品さを醸し出す。トム・クルーズの行方を交えた英国紳士たちの神経戦において、紅一点となるイルサ・ファウスト(レベッカ・ファーガソン)の哀しきヒットマンの造形が素晴らしい。イーサン・ハントとソロモン・レーンの板挟みになる女は、帰るべき場所を知らない哀しい女である。対してイーサン・ハントには心底IMFを愛し、仕えたた仲間たちがいる。クライマックスのイルサの安堵の表情とアンビバレントな哀しみは、ウェルメイドなシリーズものの域を超えて、1人の女の細やかな幸福を仄かに残す。

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