【第332回】『オールウェイズ』(スティーヴン・スピルバーグ/1989)

 正義感に厚く、無茶な飛行でいつも周囲をはらはらさせている森林火災の消火隊員のエースであるピート(リチャード・ドレイファス)を恋人に持つドリンダ(ホリー・ハンター)は、誕生日にピートからドレスとハイヒールをプレゼントされた夜、突然消火飛行のパイロットになりたいと言い出す。それを許さないピートに彼女は固い決意を告げ、友人のアル(ジョン・グッドマン)から聞かされていたパイロット養成学校の教官になるよう頼むことを約束するが、その翌日ピートは消火作業中の事故で帰らぬ人となる。1943年のヴィクター・フレミングの『ジョーと呼ばれた男』のリメイク。素直になれないカップルが愛する恋人に告白した翌日に事故を起こし、帰らぬ人となる。その唐突な死への未練と愛する恋人を失ったドリンダへの悔恨の念が男を再び地上へと戻す。スピルバーグはあの世とこの世の間に立つ女にオードリー・ヘプバーンを起用したが、今作が生前最後の出演作となった。

冒頭、怒りに暮れるドリンダの機嫌を直そうとピートが白いハイヒールをプレゼントし、2階でドレスに着替えたドリンダが現れる一連のシークエンスが素晴らしい。最初は怒っていた彼女が思いがけぬプレゼントに戸惑い、喜び、ときめくまでの喜怒哀楽をホリー・ハンターが出来るだけ素直にストレートに演じている。そこでBGMとして流れるのはThe Plattersの『Smoke Gets In Your Eyes』である。あの『アメリカン・グラフィティ』でも一番有名な卒業ダンス・パーティを彩った美しいオールディーズの調べの中、ドリンダとピートがワルツを踊る場面は文句なしに素晴らしい。その後、普段とはまるで違う女らしいドリンダの姿に色めき立った消火隊員たちが、その油で黒ずんだ手をしっかり洗い、一人一人チーク・ダンスを踊る様子はスピルバーグらしいベタな恥ずかしさに溢れている。

その夜、ピートとドリンダは愛を語り合い、愛し合うがその幸せは束の間のものとなる。非番の部屋にかかってきた電話、一瞬その場にフリーズしたかのように佇むドリンダ、ピートが山火事が南に燃え広がっていると伝えたところで、窓の外にうっすらと見えたオレンジ色の光がこの先に起きる何を予兆しているのかは言うまでもない。ヘリコプターで交わした口づけが2人の最後の別れとなる。そこでピートはドリンダに愛の言葉を叫ぶが、ヘリの羽音でかき消される。この伝えられなかった言葉がピートの悔恨に繋がるのである。死後、彼は最初自分の身に起きたことがわかっていない。生への執着を見せたわけでもなく、けれどもオードリー・ヘプバーンに地上に降りて、若いパイロットを育成するよう命じられた男は、その任務を自らの最後の仕事だと位置づけ、地上へと舞い戻る。しかしながら彼の姿は誰にも見えていない。死者と会話することはおろか、地上では死者との一切のコミュニケーションは禁じられており、彼の言葉はドリンダにもアルにも響くことはない。

こうしてピートは、アルが所長をすることになった養成学校の生徒テッド・ベイカー(ブラッド・ジョンソン)にパイロットの技術の全てを教えることになるのだが、彼の言葉はテッドにも聞こえない以上、彼が出来ることは限られている。その上テッドは、アルの言葉に従い、ピートの死のショックから立ち直りかけたかに見えたドリンダに恋をするのである。部屋でテッドとドリンダのチーク・ダンスを幽霊になって見守るピートの姿が何とも胸を打つ。かつての最愛の恋人と教え子がいまワルツを踊り、唇を重ねる様子をリチャード・ドレイファスは何とも言えない表情で見守るのである。ここでもやはりBGMはThe Plattersの『Smoke Gets In Your Eyes』である。その何とも言えない状況に悶絶するピートに対し、再びあの世とこの世の境目からオードリー・ヘプバーンは強い助言をする。ピートは愛する人に別れを告げた時、自由になれるのだという言葉を実行に移すことに決めるのだった。

クライマックスの山火事はやや唐突に見えるし、なぜ火消しに走るのが彼ではなく、彼女だったのかは未だにさっぱりわからない。6人の命を救わなければならない正義感だったのか、それとも作劇上必要なシチュエーションだったのかは極めて難しい判断である。私の見立てではおそらく後者だと思うが、ピートの亡霊と森に向かって飛び立った彼女の技術はどんな勇敢で熟練したパイロットよりも的確で頼もしい。その後唐突に海に落ちた描写も何度見返してもさっぱり意味がわからないが 笑、この世に未練を残しながら志半ばであの世へと旅立った男の決断としてはあれ以外にはないだろう。ラストの滑走路の奥からゆっくりとパトカーが近づいてくる場面に『E.T.』や『未知との遭遇』を思い出したのは私だけだろうか?ラストの抱擁の場面を、少し遠くから寂しげに見つめるリチャード・ドレイファスの表情が何度観ても胸に迫る。序盤のジョン・グッドマンのやけくそなダンスとか、呼吸でくもったコクピットとか、冒頭のヨットギリギリに飛来するヘリコプターなど、何度観ても素晴らしい。世評ではスピルバーグのフィルモグラフィにおいて、1,2を争う不人気作品だが、私の偏愛映画と言われたら真っ先に今作を挙げる。そのくらい思い入れのある作品である。

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