【第475回】『オオカミ少女と黒王子』(廣木隆一/2016)

 憧れだった高校生活、高校3年間は最初で決まると張り切る篠原エリカ(二階堂ふみ)は、随分あっさりと恋愛経験豊富で上位カーストな美人グループに取り入る。年上男性との会社でのリッチなデートを自慢するリーダー格の手塚愛姫(池田エライザ)、派手な顔立ちの立花マリン(玉木ティナ)ら仲間たちのランチタイムの華やかな自慢話。生まれてから一度も恋愛経験のないヒロインは、この会話の輪にまったく入ることが出来ない。スクールカースト最上位の無言のプレッシャー、場の空気に上手に乗ることを求められる同調圧力、コミュニケーション能力が必要とされる現代の学生たち。ある日の会話、咄嗟に架空のカレシをでっち上げるが、電話の相手は中学時代の親友・三田亜由美(門脇麦)でカレシではない。エリカには本当にカレシがいるのだろうか?トイレの個室で愛姫やマリンたちの他愛ない噂話を聞いて、簡単に引き下がれなくなるヒロインの姿。休日の渋谷パルコパート1内にあるJ.S. BURGERS CAFEの店内。全面ガラス張りの内装の中、ヒロインは突然ハンバーガーを頬張る手を止め、勢いよく外へ飛び出す。目の前に立つ背の高い男2人組の背中を追いながら、勇気を出して目の前に回り込み、スマフォ・カメラのシャッターを押す。呆気に取られるイケメン男子の表情。咄嗟にスペイン坂方面に全力で走り出すヒロインと亜由美。こうしてエリカは架空のイケメン彼氏をでっち上げ、「オオカミ少女」となるのである。

しかしその稚拙な計画は早くも暗礁に乗り上げる。嘘に嘘を重ねる最悪な構図は、一向に引っ込みのつかない事態になり、ヒロインは遂にドSな黒王子・佐田恭也(山崎賢人)と悪魔の契約を交わす。青みがかったプールサイド、必死に懇願するヒロインに対し、黒王子は爽やかに応じながら、「3回周ってお手からワンだな!」と犬になることを命令するのである。思えば「壁ドン」「顎クイ」などセクハラまがいのドS系男子の台頭は、少年漫画から映画に流入した「セカイ系」や「クウキ系」の物語とは一線を画し、少女漫画的な理想の男性像の先鋭化を促す。川村泰祐の『L・DK』や熊澤尚人の『近キョリ恋愛』、日向朝子の『好きっていいなよ。』や三木孝浩の『アオハライド』などが典型的な作品である。そのドS路線を更に過激に押し進めたのが廣木隆一の『娚の一生』であり、『ストロボ・エッジ』であったのは云うまでもないだろう。『娚の一生』では52歳の独身大学教授(豊川悦司)と一生恋をしないと決めた女(榮倉奈々)の奇妙な同居生活を描いており、豊川悦司の足舐めシーンが話題になった。『ストロボ・エッジ』ではまだ生まれてから一度も恋をしていないヒロイン(有村架純)が、彼女がいる同級生(福士蒼汰)に恋をし、切ない恋から引き下がれなくなる。壁ドンからキスの典型的なパターンはこの1作で決定付けられた。その後、月川翔の『黒崎くんの言いなりになんてならない』の記録的ヒットで、どS男子と不器用女子のラブロマンスはいま最も数字を稼げるコンテンツとして実証されつつある。そこに満を持して本作の登場である。

廊下を走り、階段を駆け上がるヒロインの躍動する背中に合わせて、一緒に走り回るハンディカムの躍動感。プール、公園、体育館、川沿いなど幾つもの学生時代を思い出させる普遍的な光景。並行に並んだ2人が歩く様子を正面から据えた退行撮影。わかりやすいクローズ・アップでの表情の切り取りを必要最小限に留め、クレーンによる丁寧なロング・ショット、川を挟んでの被写体とカメラマンの平行移動など、廣木隆一とカメラマンである花村也寸志の地に足の着いたフレームワーク、随所に挟み込んだ円熟味のある技巧は流石に安定感がある。恭也の親友の健(横浜流星)の趣のあるカフェ、坂の上に佇むさんちゃんこと亜由美の家の風情のある佇まい、恭也の姉役の菜々緒とケーキのどか食いをしたホテル・フランクスの白い空間など、切り取られる背景のロケーションの素晴らしさ、ビーナステラスの南京錠、ラストの南京中華街のストリートの夜景まで、ビスタサイズのフレームに耐えうるショットを物語と並走して走らせながら、ヒロインと黒王子の心の葛藤を描いたストレートな恋物語は大きな破綻もなく、安心して観ていられる心地良さがある。ただ唯一の欠点にして、今作の致命的な問題は、高校1年生の役どころを大人が演じていることではないだろうか?二階堂ふみと山崎賢人と吉沢亮が現在21歳、池田エライザと横浜流星は20歳、武田玲奈と玉城ティナが19歳、鈴木伸之と門脇麦に至っては現在23歳である。こうして大人になった彼らが高校1年生を想像し演じれば当然、物語の端々に無理も出て来る。特に男優陣以上に、二階堂ふみや門脇麦の制服コスプレ感、大人びた振る舞いなどには抜きん出た演技力は感じるものの、思春期特有の瑞々しさや息詰まるような甘さや焦燥感は見るべくもない。黒王子の家に行った帰り道、エリカが『今夜はブキーバック』を歌いながら歩く長回しは、少女の孤独な成長を据えた今作のまさに醍醐味的な名場面であるが、あの空虚な雰囲気は21歳の等身大の魅力であって、間違っても16歳には見えない。

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