【第590回】『ジャージー・ボーイズ』(クリント・イーストウッド/2014)

 1951年、ニュージャージー州ベルヴィルの街角。一軒の床屋ではフランキーの父アンソニー・カステルチオ(ルー・ヴォープ)が、常連客でマフィアのボスのジップ・デカルロ(クリストファー・ウォーケン)の髪を切っている。フランキー(ジョン・ロイド・ヤング)は昼間はこの店で見習いとして働いているが、16歳でまだハサミは持たせてもらえない。デカルロはヒゲを剃ってくれとフランキーを呼び止める。恐る恐る首元に刃先を合わせた瞬間、入り口のドアが勢いよく開き、びっくりしたフランキーはあろうことか、デカルロの首を切ってしまう。静かに入って来いと罵倒するデカルロの姿に、フランキーの親友トミー・デヴィート(ヴィンセント・ピアッツァ)はただただ平謝りする。やがてデカルロの車で家まで送られるフランキーの姿。彼の母親メアリー・リナルディ(キャサリン・ナルドゥッチ)は二階の窓辺に立ち、息子の様子を心配そうに見つめている。デカルロ、カステルチオ、デヴィート、リナルディの名前にも明らかなように、ニューアークのファースト・ウォード一帯は当時リトル・イタリーとして栄えていた。トニーとニック(ジョニー・カニツァロ)の悪友兄弟とつるみ、トラブルばかり巻き起こすフランキーの姿に、母親は「門限は11時よ」と心配そうに嗜める。いつものライブハウス、フランキーは舞台上からバー・カウンターで男につめ寄られる女メアリー・デルガド(レネー・マリーノ)を見つけ、一瞬で恋に落ちる。その姿は『ダーティ・ファイター』において、主人公のファイロ・ベドー(クリント・イーストウッド)が客として入ったミュージック・バーのステージで、カントリー歌手であるリン・ハルゼイ=テイラー(ソンドラ・ロック)に目が釘付けになった場面を思い出さずにはいられない。かくして時代遅れの男と気の強い女のコミュニケーションはやがて実を結び、2人は結婚を果たす。

今作はニュージャージーの貧しい地区出身の若者4人が結成した「ザ・フォー・シーズンズ」の栄光と挫折に彩られた真実の物語である。『シェリー(Sherry)』『恋はヤセがまん(Big Girls Don’t Cry)』『悲しき朝焼け(Dawn)』『悲しきラグ・ドール(Rag Doll)』など、数々のヒット曲を持つフォー・シーズンズだが、その背景を知る者は意外に少ない。フランキー・カステルチオとしてこの世に生を受けた男は歌手になる際、野暮ったい名前を嫌い、フランキー・ヴァリ(Frankie Vally)に改名するが、2歳年上の姉さん女房であるデルガドに「y」ではなく、「i」にするよう助言される。追い出されたボウリング場の夜、煌々と輝く「Four Seasons」の文字に天啓を得る描写は、『ダーティハリー』における「イエスは救い給う」と書かれた教会の屋上のケバケバしいネオンや、『Bird』における「ビバップ上陸」と書かれたカラフルなネオン管を連想させる。1951年を起点とする今作は、奇しくもチャーリー・パーカーが死んだ55年を通過し、60年代POPSの歴史に金字塔を打ち立てる。臙脂色のスーツ、黒の蝶ネクタイを付け、軽快なステップを踏む駆け出しの4人を、少し離れたところで見ていたジップ・デカルロが、フランキーの美しいファルセットで歌われた『マイ・マザーズ・アイズ(My Mother’s Eyes)』に、思わず涙ぐむ場面は何度観ても素晴らしい。デカルロはフランキーに、お札を真ん中で千切ると、何かあった時は俺に相談してくれと呟きポケットへ入れる。年長者と少し年の離れた若者との教育とイニシエーションの主題は、両親でもレコード会社社長でもなく、強面のジップ・デカルロとの間にきつく結ばれる。その後訪れる天才作曲家ボブ・ゴーディオとの運命的な出会いは、彼が手がけた大ヒット曲The Royal Teensの『Short Shorts』をきっかけに結ばれる。日本人には馴染み深いあの『タモリ倶楽部』のオープニング・テーマである。

グループにありがちな栄光と挫折の物語は、今作でもフランキー、トミー、ニック、ボビーをいとも簡単に引き裂いてゆく。それと共に印象的なのは、フランキーが家庭を顧みなかったことが原因で、徐々に拡がってゆく妻や最愛の娘との不和に他ならない。ここでも『許されざる者』以降のイーストウッドは一貫して父親としての苦悩や後悔の念を滲ませる。ニュージャージーからニューヨークへと勝手に旅し、2日間連絡をよこさず妻(母親)を苦しめる娘フランシーヌ(フレイヤ・ティングレイ)の描写は真っ先に『愛のそよ風』を思い出す。バンド活動に100%目を向けていたはずのカメラが家族の方を向くと、妻にも娘にもすっかりそっぼを向かれている。その後、雑誌の記者だったロレイン(エリカ・ピッチニーニ)と浮気し、愛する母娘と決定的な亀裂を生んだフランキーのセレブリティと傲慢さは、最悪の結末を迎えることとなり、様々な不幸がフランキーに襲いかかる。まるで娘の死と引き換えに出来た不朽の名曲『君の瞳に恋してる(Can't Take My Eyes Off You )』の筆舌に尽くしがたい美しさが観客の心を強く揺さぶる。今作で最も特徴的なのは、禁忌とも云うべき登場人物たちのカメラ目線での自分語りに他ならない。冒頭、トミーの溌剌とした茶目っ気たっぷりの語りに唖然とさせられた我々観客は、やがて禁忌のバトンがトミーからボブへと受け継がれ、ボブから今度はニックへと変遷するのを目撃する。クライマックスの極めて演劇的な「カーテン・コール」の素晴らしさ。まったく笑みも見せずにタップを踏むクリストファー・ウォーケンの表情に、マイケル・チミノの『ディア・ハンター』のニックと何気なくジュークボックスから流れた『君の瞳に恋してる(Can't Take My Eyes Off You )』を想起せずにはいられない。

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