【第288回】『キル・ビル』(クエンティン・タランティーノ/2003)

 『ジャッキー・ブラウン』の歴史的不入りが、その後5年半、タランティーノを沈黙させたことは前回のエントリでも述べたが、その『ジャッキー・ブラウン』の興行的惨敗が彼の作風に与えた影響は計り知れない。今作は再び基本に立ち返り、時系列シャッフルという自分の持ち味を最大限に発揮し、台詞の旨味よりも残酷描写が目立つようになった。日本映画ひいてはアジア映画へのオタクな愛情を爆発させた作品だが、これはどうなんだろうか。

毒ヘビ暗殺団で最強と言われた元エージェントの女、ザ・ブライド(ユマ・サーマン)が、4年間の昏睡状態から奇跡的に目を覚ます。彼女は自分の結婚式の最中に、かつてのボス、ビル(デイヴィッド・キャラダイン)とその手下たちに襲われ、頭を撃ち抜かれたのだ。友達も夫も、腹の中に宿っていた子供もみんな死んだ。ザ・ブライドは復讐の旅に出る。

冒頭、彼女に銃口を向ける男の腕が映し出され、やがて絶望的な引き金が引かれる。女は4年間の昏睡状態から一命を取り留め、無事生還したらしい。今作ではタイトルバックの後、ナイフの使い手であるヴァニータ・グリーン(ヴィヴィカ・A・フォックス)との激しい決戦がいきなり幕を開ける。ここでの攻防はさながらジャッキー・チェンのようなカンフー・アクションである。女は娘の帰宅に気付き、殺しの手を止めるが、グリーンの攻撃によりあっけなく殺してしまう。

ここでザ・ブライドは復讐のために、単身沖縄へ飛ぶ。今作の主なロケーションは沖縄と東京である。人影もない寂れた寿司屋に入ったザ・ブライドは寿司を食べながら、復讐のための刀を作って欲しいと服部半蔵(サニー千葉)に直談判する。服部半蔵の傍にいる愛弟子は、実際にJ.A.C.の1期生であり、『女必殺拳』や『脱走遊戯』、『ゴルゴ13 九竜の首』などの千葉真一主演作に立て続けに出演した大葉健二である。彼女は一ヶ月間、服部半蔵の作る刀を待ち続け、ようやく完成した刀を持って、東京にいる日本刀の名手オーレン・イシイ(ルーシー・リュー)の元へ向かう。飛行機の座席に刀を持ち込んでいること自体がナンセンスだが 笑、一路、青葉屋に殴り込みをかけるのだった。

中盤のオーレン・イシイの大立ち回りの場面は、明らかに三池崇史の『殺し屋1』の無邪気なオマージュであろう。それどころか今作ではタランティーノ特有の開き直ったかのような無節操な引用が幾つも目立つ。海外でも人気のある藤田敏八の『修羅雪姫』シリーズ、同じく梶芽衣子主演の『女囚さそり』シリーズ、深作欣二の『吸血鬼ゴケミドロ』や『柳生一族の陰謀』『バトルロワイヤル』、千葉真一の『服部半蔵・影の軍団』シリーズまで実に無邪気なオマージュに満ちている。しかしそれらを観ながら育った世代からすると、タランティーノの引用法は広く浅くで、その引用の手法もあまり能がない。

もともと日本に住んだことのない人間が、日本を舞台に映画を撮ろうとすると、大抵はどうしようもない勘違いに溢れたフィルムになってしまうのだが、今作も例外ではない。アメリカ人が違和感を感じないところも、我々日本人が観れば大いに違和感を感じるし、時代劇の参照元がどれもこれもB級映画ばかりなのも気になった。今作を観た後で、ひょっとしたらこの人は世界の人々が思っている以上に、映画のことを知らないのではないかという疑念は拭えない。この人はマキノや山中、伊丹や稲垣の映画を観たことがあるのだろうか?黒澤明の『椿三十郎』や三隅研次の諸作を観て今作を撮っているのだろうか?それら歴史に残る時代劇とは無関係なところにこの映画はあり、随分と貧困なアクション・シーンのオンパレードなのである。

それはせっかく作ったセットにも言える。クライマックスに出て来た青葉屋の造形は、丸っきり宮崎駿の『千と千尋の神隠し』における油屋の造形と同じではないか?当然我々日本の現代人からすれば、あのような店は東京にもどこにもないとわかる。荒唐無稽な美術・セット・人物を使い、説得力のないアクションを積み重ねているに過ぎないのである。それは真のクライマックス・シーンである雪の中の戦いも同様であろう。あの場面のライティングと美術スタッフのお粗末さは、タランティーノが撮影所システムにおける雪の中での斬り合いの場面を観ていないからこその再現力であろう。

私はこの映画を封切り初日に観て、「タランティーノの時代は完全に終わった」と思った 笑。そのくらい日本人で数多くの時代劇映画の名作を観て来た者としては、今作のクオリティには到底納得が出来なかった。封切り当時、日本では賛否両論が巻き起こったものの、興行的にはタランティーノが失った自信を取り戻すには十分過ぎる結果がもたらされたのである。

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