【第352回】『Mommy/マミー』(グザヴィエ・ドラン/2014)

 とある架空の世界のカナダ。そこでは新政権が誕生し、新たな法案が可決され物議を醸す。それは、発達障がいの子どもを持つ親が、法的手続きを経ることなく養育を放棄して、施設に入院させることができるという法律。この法律が、やがて一組の母子の運命を大きく左右していく――。15歳になるADHD(多動性障害)の息子スティーヴ(アントワン=オリヴィエ・ピロン)を抱えるシングルマザーのダイアン(アンヌ・ドルヴァル)。矯正施設から退所したばかりのスティーヴは、常に情緒不安定で、一度スイッチが入ってしまうと、まるで手に負えなくなってしまう。そんなスティーヴとの2人暮らしにすっかり疲弊してしまうダイアン。そんな中、ひょんなことから母子は隣に住む女性カイラ(スザンヌ・クレマン)と親しくなっていく。彼女との交流を重ねることで、母子の張り詰めた日常は、少しずつ落ち着きを取り戻していくかに思われたが…。

スピルバーグやPTAなどアメリカを代表する映画作家が父親不在という重たい主題を抱えているとしたら、若き天才グザヴィエの主題は良好な母子関係の欠落であろう。処女作『マイ・マザー』においては、父親不在の環境で思春期を迎えた少年と母親とのぎくしゃくした関係を描いていた。『トム・アット・ザ・ファーム』では息子がストレートだと信じてやまない田舎に住む母親に嘘をついた兄貴が、弟の生前の恋人であった主人公にも嘘を強要する。今作ではADHD(多動性障害)の息子を引き取ることになった母親が息子と再会する場面から物語は始まる。数年前に父親を亡くし、掃除婦として懸命に働く母親は実の息子を引き取ることになるのだが、内心不安でどうしようもない。息子は数年前まで発達性障害だと診断されていたが、実際には多動性障害であると診断される。注意力に欠け、情緒不安定で一度スイッチが入ると暴走してしまう。そもそも施設を強制退去させられた理由も、施設内の放火である。こんな問題児を家に引き取ることになった母親の困惑は想像に難くない。

母親の困惑もさることながら、息子の側も子供ながらにしばらく会っていなかった母親の表情や声色から一生懸命思いを汲み取ろうとしている。喜怒哀楽が激しく、おしゃべりで、いつもケバケバしいファッションに身を包んでいる母親は息子にとって鏡であり、生きる指標ともなり得る存在である。ADHDの息子にとってみれば精一杯の気遣いをしているつもりなのだろうが、健常者として彼に接する母親にとってはそうはならない。些細なことで口論になり、身の危険を感じた母親は咄嗟に息子にインテリアを叩きつける。その姿を見て、隣の家から1人の女性が対立を制すべく現れる。彼女こそが隣に住む女性カイラ(スザンヌ・クレマン)である。こうして今作ではADHDの息子と貧困にあえぐシングル・マザーの母親との間に、吃音症の女が間に入るのである。

彼ら3人は互いに弱者として痛みを分かち合うのだが、そう簡単には分かり合えない。それは大人にとっての症状と思春期の子供にとってのADHDのあてのない苦しみとの差と言える。彼は母親に言い寄ってくる弁護士の男を「SEX目当て」だと糾弾するのだが、その読みの的確さは普通の思春期の少年と何ら変わりない。母親は母親でサヴァイヴァーの『アイ・オブ・ザ・タイガー』をオールタイム・フェイバリットにするこのイケ好かない弁護士を心底拒絶しているのだが、母親にとっては精神病院を放火騒ぎで出所した息子の弁償金がネックとなり、まっとうな生活が出来ないでいる。彼に許しを請うことは、そのまんま母子の明暗を握る賭けなのだが、息子はそのことに残酷にも気付いていないかのようである。

そのことが決定的に母子関係を破綻させるクライマックスは心底残酷で息を呑む。母親に受け入れられなかったことにプレッシャーを感じ、自傷行為により死への扉を開こうとする息子を母親もカイラも何とか思い留まらせようとするが、その判断の結果はあまりにも残酷な選択となる。映画全体を形成する1:1の画面の背景すら見せず、ただひたすら人間同士の心理にフォーカスする映像のサイズの異様さもさることながら、ADHDの息子と貧困にあえぐシングル・マザーの母親、吃音症の女の感情が高揚する2つの場面では、この画角が16:9に一気に拡がっている。その16:9の最初の場面ではOASISの『Wonderwall』に導かれるように、3人の気持ちが1つに溶け合う。もう一つのクライマックスのキャンプ・ファイアの場面では、彼ら3人の友情が終わりに差し掛かっていることを伝えるのである。序盤に綴られた「D.I.E(死)」の文字があの真に美しいラスト・シーンに帰結するのだとしたら、これ程素晴らしいラストはないと言える。2014年のカンヌでは今作がJLGと共に国際批評家連盟賞に輝き、グザヴィエ・ドランは名実共にシーンのトップに立った。

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