【第566回】『パーフェクト・ワールド』(クリント・イーストウッド/1993)

 オレンジ色に照りつける太陽と草むらに寝転がる男との上下のカットバック。男の傍らに置かれたお化けのお面、風に舞う1ドル札。仰角に切り取られた男の表情は妙な微笑みを浮かべながら、突然ハレーションを起こす。1963年テキサス州、10月31日のハロウィン。フィリップ・ペリー(T・J・ローサー)は2人のお姉さんと食卓につき、母親の手料理が出るのを待っていた。突然ノックされるドアの音、フィリップは勢い良く駆け出してドアを開けると、仮装をしたクラスメイトたちの「Trick Or Treat」の合言葉。スーパーマンに扮した同級生を当てたところで、彼女の母親はうちは宗教的な理由でやっていないと素っ気なく突き返す。家族全員がエホバの証人という厳格な家庭。レースのカーテンを開け、窓からクラスメイトたちの楽しそうにはしゃぐ姿を羨ましそうに見つめるフィリップの姿。一方その頃、刑務所内では遂にブッチ・ヘインズ(ケビン・コスナー)とテリー・ピュー(キース・ザラバッカ)の2人が通風孔の穴から脱出を試みる。まるでドン・シーゲルの『アルカトラズからの脱出』のような壮大な逃亡劇。外に出た2人は所員を人質に取り、まんまと刑務所の外の世界へ脱出を果たす。逃亡する車を探すテリーは、やがて明かりの付いたある部屋に目星をつける。子供たちがキッチンを離れた隙をつき、殺人の罪を犯したテリーはフィリップの母親を輪姦しようとする。目の前で母親を襲おうとするテリーの姿を呆然とした表情で見つめるフィリップの姿。異変に気付いたブッチとテリーは、フィリップを人質に取り、夜の闇の中へと消えていく。

二人三脚のチームワークで刑務所から外の世界に出たはずのブッチとテリーだが、2人の思想・意見はことごとく食い違う。テリーは何人もの人間を次々に殺めた連続殺人犯だが、ブッチは万引きから始まり、段階的なスケールで罪人にならざるを得なかった男として描かれる。ブッチにとってフィリップの存在は、テリーがヘマをやったことによる成り行きの存在だが、2人を天秤にかけたブッチの思いは、躊躇なく脱獄の相棒を殺すに至る。実の父子ほど年の離れた男同士のロード・ムーヴィーとしては明らかに『センチメンタル・アドベンチャー』を想起させる。ナッシュビルを目指したレッド・ストーバルの思いはここでは父親の約束の地アラスカを目指す旅へと形を変える。年長者の若者への教育の主題は、『ダーティ・ハリー』シリーズや『センチメンタル・アドベンチャー』、『ハートブレイク・リッジ 勝利の戦場』や『ルーキー』において、『真夜中のサバナ』でも何度も反復される。また破滅的な男の最期ということで言えば、『センチメンタル・アドベンチャー』のレッド・ストーバルはもちろん、『バード』のチャーリー・パーカーや『許されざる者』のウィリアム・マニーの系譜に位置する。エホバの証人という厳格な家庭で育った末っ子は、罪人であるブッチと出会うことで、生まれて初めて大人の自由な世界を謳歌する。ロイヤルクラウン・コーラをこよなく愛し、ダメな親父を持つという符合で結ばれた2人は、実の父子のようにじゃれ合いながら、権力者からの逃走を試みる。盗むことは良くないが、本気で金がない時は借りたってことにするというブッチの哲学にほだされ、少年は父親の不在をゆっくりと埋めていく。

ブッチとフィリップが偽りの父子関係だとしたら、ブッチが罪を重ねる様子を苦々しい思いで見守るテキサス警察署長レッド・ガーネット(クリント・イーストウッド)のブッチへの思いも、父子のような複雑な心境を吐露する。フィリップ同様に、幼い頃に父親が蒸発したブッチは、レッド・ガーネットにより補導され、更正への道を促されるがその後幾度も罪を重ね、40年の刑に処されている。彼は自分が父親代わりになって、ブッチの更正に親身になれなかったことを激しく後悔している。知事選を間近に控え、票集めに余念がない知事への苛立ちにはイーストウッド作品に通底する官僚機構への強い怒りが見て取れる。『ダーティハリー3』の新人婦警をあてがわれたハリー・キャラハンのように、ここでもレッド・ガーネットは知事の肝入りにより、犯罪心理学者のサリー(ローラ・ダーン)と逐一行動を共にしなければならない。実務経験のない女を最初は訝りながらも、気の強い女に徐々に心を開いていく様子はいかにもイーストウッドらしい。ブッチとフィリップ、レッドとブッチは互いに仮の父子関係を演じながら、奇妙な連帯感で結ばれている。実の父子の共演となった『センチメンタル・アドベンチャー』でも、一貫して実の父子の関係を演じてこなかったイーストウッドの変節は、前作『許されざる者』で露わになる。ここでは偽りの父子関係の中に三者三様の思いが投影する。一夜だけ匿ってくれた黒人家庭、お爺さんが孫に手をあげる様子が、ブッチには我慢ならない。ブッチは祖父と孫の関係性において、父親代わりになろうとする。フィリップはブッチの烈しく陰惨な暴力に対し、ブッチの父親たろうとする。そのある種倒錯した疑似父子の関係性こそが、イーストウッドの倫理的ニヒリズムを露わにする。

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