【第431回】『スポットライト 世紀のスクープ』(トム・ハーディ/2015)

 警察官たちの噂話、刑務所から出て来る黒塗りの車、聖職者たちの隠蔽話が深い闇を彷彿とさせる不穏な冒頭部分から、ボストンの新聞社「ボストン・グローブ社」内部にカメラは移る。長年勤め上げた戦友の退職パーティの席を、気の利いた冗談で沸かす編集デスクのウォルター・ロビー・ロビンソン(マイケル・キートン)、それを見守る部長のベン・ブラッドリーJr.(ジョン・スラッテリー)。彼らベテラン編集者たちが長年築いてきたトライアングルがあってこそ、ローカル新聞社がここまでの発展を遂げてきたのがわかる良好な関係性の中に、新しくやって来た編集長の影響が及ぶ。よそ者を受け付けない雰囲気の中、重い口を開いた新編集長マーティ・バロン(リーヴ・シュレイバー)は、「ゲーガン事件」の記事はどうなったとふいにロビーに告げるのである。21世紀を迎えた新聞社にとって、インターネットは大きな黒船であり、それに対抗するには公明正大に巨悪に立ち向かう姿勢しかないのだと、よそ者編集長は彼らに語りかける。巨大なオフィスに併設された小さなオフィス。雑然と並べられたテーブルに集う3人の記者たちとリーダーである編集デスク。その僅か4名の精鋭集団はマサチューセッツ州ボストンで最大の部数を誇る新聞社ボストン・グローブ社の中で、「スポットライト」と呼ばれる特命チームである。「スポットライト」とはその名の通り、1つのネタを数ヶ月かけて取材し、1年間に及ぶ連載をする新聞社の人気企画である。こうして終わったかに思えたゲーガン事件の再取材が始まる。

「ゲーガン事件」とは、地元ボストンのジョン・ゲーガン神父が、30年の間に130人もの児童に性的虐待を加えたとされる疑惑の事件であり、後に世界中のカトリック教会を巻き込み、センセーショナルに取り上げられた実話として覚えている人もいるかもしれない。この酷い犯罪が長年に渡り隠蔽されたのはなぜか?スポットライトの4人はそれぞれに取材を重ねるうちに、カトリック教会とボストンの街特有の根深い隠蔽体質を目の当たりにする。人口の4割をアイルランド系、イタリア系移民が占めるこの街の風土に関しては、近年ではスコット・クーパーの『ブラック・スキャンダル』に詳しい。街では常に水面下でアイルランド系・イタリア系双方の縄張り争いが起こり、人口の2人に1人がカトリック教徒という土地柄ではカトリック教会の権力は絶対なのである。就任直後のバロン編集長に対し、ロウ枢機卿が優しい語り口で話しかけた見えない暗黙こそが、狭い街で生きるための掟になるのだが、編集長はその誘いをはっきりと断る。それは他所からこの土地にやって来た人々、スポットライトの記者マイク(マーク・ラファロ)や短気で愛想のない弁護士のガラべディアンも同様である。ロビーのように中に留まり続けた人間には見えない因習や馴れ合いの関係が、自分の中にある正義感や職業意識さえも薄れさせる。端から見れば異常だが、古株の彼らはそれに気付かない。カトリック教会、被害者と示談交渉を進める弁護士、裁判所、記録保管所、それぞれがグルになって表面化しない隠蔽体質を、スポットライトの4人の記者は強行突破して巨悪を暴く。映画の主人公は正義感あふれる熱血記者マイクを演じたマーク・ラファロだが、4人それぞれに見せ場があり、事実上スポットライト・チームの4人が主役と言っていい。アンサンブル・プレイで描かれる実録タッチで積み上げられた演出は折り目正しく、過剰にカリカチュアされておらず好印象を持った。

誇張せずにありのままを積み重ねる折り目正しさが、何よりも今作の核であり大きな魅力となるが、ジャーナリストが巨悪を暴く物語構造は別に新しいものでもなんでもないし、監督自身もシドニー・ルメットの諸作やアラン・J・パクラ『大統領の陰謀』、ロン・ハワード『ザ・ペーパー』あたりの影響をあえて隠そうともしていない。だとすると一番の問題はカメラマンである高柳雅暢の極めて凡庸なショット選びだろうか。ミディアム・ショット中心のつなぎはTVドラマを見ている世代には親近感が湧くものの、映画館の大きなスクリーンで観ると、何か決定的に物足りなさが残る。それは映画的野心の欠如とも言えるし、見えないものを見ようとする可能性の否定とも取りうる。人間の表情はしっかりと捉えているが、フレームの中に潜む毒までは残念ながら描けていない。役者の生理を大胆に据えようとする監督トム・ハーディと高柳雅暢の相性はいまひとつであり、曇りがちなボストンの空をゆったりと据えたロング・ショットだけでも、ブレずにしっかりと切り取って欲しかった。物語が次第に巨悪の実像にフォーカスした矢先、事件は起きる。あの「9.11」事件の影響は彼らジャーナリストにももれなく影響を及ぼし、ロウ枢機卿が哀悼の意を述べるTVモニターを苦々しい表情で見つめる追求者たちの表情があまりにも印象的である。マット・キャロル(ブライアン・ダーシー・ジェームズ)の部屋の冷蔵庫。そこに貼られた部屋の住所と全景写真。その脇に掲げられた「9.11には屈しない」の文字が泣かせる。スポットライト・チームのその後は文字情報でも何とか伝えて欲しかったが、新編集長として赴任したやり手のマーティ・バロンは現在、ワシントン・ポスト紙の編集長として活躍している。

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