【第433回】『ヴィジット』(M・ナイト・シャマラン/2015)

 父親との離婚の真相をカメラに向けて、ゆっくりと話し出す母親。大胆に率直に語る母親の姿にこの映画はいったい何なのか?としばし唖然とするが、カメラを回しているのは実の娘ベッカ(オリビア・デヨング)だと知り、納得する。ママ(キャスリーン・ハーン)の子供である姉ベッカと弟タイラー(エド・オクセンボールド)の姉弟は、母親への感謝からか、新しい恋人との生活を1週間満喫させようと、母親の実家であるペンシルバニア州メイソンビルへ月曜日に旅立つ。そこには生まれて初めて会う母方の祖父母がいる。例によってシャマランお得意のペンシルバニア州を舞台とした物語は、姉弟の電車の旅、祖父母との感動の初対面から幕を開ける。都会の喧騒から離れた静かな生活は、Wi-Fi環境もなく、通信インフラは最悪だが、何より広い家でゆっくりと1週間を過ごせるのが良い。Tyler The Createrに憧れるラッパー志望のクソガキである弟、映像作家志望で常にカメラを携帯する姉の2人旅は、『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』や『パラノーマル・アクティビティ』シリーズ、『REC』シリーズでお馴染みのファウンド・フッテージ形式で撮影されている。おそらくSkypeだろう母親との映像書簡や、HIP HOPやハリウッド・セレブなどの小技を効かせた台詞の妙などの現代的なモチーフを用いながら、小気味よく展開する。

初めて会う孫を迎い入れる祖父母の優しさにほっとしたのも束の間、奇妙な3つの約束が姉弟と交わされる。「楽しい時間を過ごす・好きなものは遠慮なく食べる」という最初の2つはともかくとして、最後の「夜9時半以降は絶対に部屋から出るな」という約束の真意はいったい何なのか?『鶴の恩返し』の寓話のように、見るなと言われたら逆に見たくなる子供達の欲望は、いとも簡単に誓いを破ってしまう。見たくないものをつい見てしまう怖いもの見たさという人間の根源的な欲望にシャマランはフォーカスするのである。姉が祖父母の驚くべき痴態を覗き見るあたりは確かに怖いが、怖いというよりも何やってるんだこの人はという思いも拭えない 笑。ゾンビのような歩き方と嘔吐、パイ焼き器の中の絶望的な暗さへの侵入の強要、家から少し離れたところに建てられた小屋で行なわれる謎の儀式、雪の中にポツリと佇む井戸はジャパニーズ・ホラーの大げさな引用だとしても、そういうメタ視点で醸成されたホラー映画史からの引用をあまり回収せず、ラストの大どんでん返しへ向かうところが実にシャマランらしい。TVドラマ『ウェイワード・パインズ』でも再認識したが、シャマランとは120%ハッタリの人である。だから間違ってもスピルバーグのように、母親の彼氏が、父親不在の姉弟の救出に訪れることはないし、9.11以降の物語がペンシルバニアの片田舎に流入したりなどしない。

潔癖性気味の弟が、持ち主不在の離れで死体を発見せずに、紙おむつにこんもり乗っかった糞を発見する場面には不覚にもスクリーンで大笑いした。結局彼が嗅いだ強烈な異臭は腐乱死体の放つ臭いではなく、ただ単に糞の臭いだったというあまりにもくだらないオチには笑いを通り越して脱力した。シャマランなりのホラー映画による高齢者社会への警鐘である。思えば『ハプニング』も『エアベンダー』も『アフター・アース』も「大きな物語」としてはそれなりのスケールを備えていたものの、我々観客はM・ナイト・シャマランに「大きな物語」などはなから期待していなかったのである。その点では今作のバジェットや低予算ならではの構造はM・ナイト・シャマランにこそ相応しい「小さな物語」なのだ。シャマランの原点回帰という名の壮大な超常現象への帰還が、ジョン・カーペンターやトビー・フーパーなどのメタ・レベルのホラー映画の要素(伏線)を散りばめつつも、最終的に都市伝説に至る良い意味でのバカバカしさやハッタリ感が今作には全編に漂う。それは『シックス・センス』の頃の野心溢れるシャマランとはまるで別人だが、『レディ・イン・ザ・ウォーター』や『ハプニング』の頃のしかめっ面で苦しみながら映画を撮っていた頃から解放され、その作風は良い意味ではじけている。良くオファーを引き受けたなと思った失礼ながら初めて拝見した祖父母のキャスティングや経歴を見ると、やはり映画俳優ではなく、TVドラマの脇役を中心に活躍した俳優らしく、妙に納得してしまった。難しい言葉などいらない。今作はM・ナイト・シャマランの原点回帰の堂々たる1本である。ポール・ヴァーホーヴェンと並ぶハリウッドの転落人生を歩むかに見えたM・ナイト・シャマランだったが、実は意外なほどに渋とい人なのではないかと考えを改めた。アトム・エゴヤンの『白い沈黙』と2本立てで観たい2015年の忘れ得ぬ快作である。

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