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N響第1968回定期公演 演奏会評

2022年11月13日(日) 午後2時開演 NHKホール(東京・渋谷)

曲目
伊福部昭 シンフォニア・タプカーラ(1954/1979)
ショスタコーヴィチ 交響曲第10番ホ短調作品93(1953)

指揮  井上道義
管弦楽 NHK交響楽団

今回の公演について

 引退を発表している井上道義の十八番である、伊福部昭とショスタコーヴィチのプログラム。
 先月の定期に登場した95歳のブロムシュテット翁の熱演による興奮冷めやらぬ中、日本を代表する指揮者の登場と、その個性を十二分に感じられるプログラム。
 井上道義は以前、2020年の定期でショスタコーヴィチの「交響曲第1番」、伊福部の「ピアノと管弦楽のための『リトミカ・オスティナータ』」と「日本狂詩曲」を取り上げている。
 今回もその2人の作曲家の作品による組み合わせを継続した形になるが、作品の度合い的に軽→重と移っていくような作品の構成だった前回とは異なり、今回は重→最重である。井上のショータイムやいかに。

伊福部昭評

「シンフォニア・タプカーラ」のタプカーラとはタップという言葉が連想されるように踊りのことである。リズムなどが繰り返されるオスティナートを用いた伊福部音楽の原点は踊りにあるという。井上も事前のインタヴューで、隣の人に嫌がられてもいいから、お客さんにも音楽に合わせて小刻みに揺れて欲しい、とおっしゃっている。まさに舞台では、この音楽を知り尽くす井上が、まるで踊るように指揮をしていた。軽快なところと重厚な部分のコントラストがはっきりと描き出されており、非常に良かったと思う。しかし、完璧演奏集団であるN響を捌くことは難しいのか、もう少し遊びやはっちゃけた感じを見たかったとも思う。どうしても野生的な面などが他の演奏に比べると落ち着いており、良くも悪くもN響らしさ、といった感じがあった。第3楽章において井上が暴走する。もしかすると、もっと出せ!という気持ちの表れなのか、それとも意図的な悪戯か。若干の戸惑いと共にN響の演奏が一瞬グラついた。だがその効果はてきめん、それによって引き起こされる混乱がむしろ野生味、そして伊福部昭らしさを引き出せていたように思う。
演奏が終わるとブラボーの嵐。鳴り止まぬ拍手の中で、伊福部のスコアに一礼し、スコアを掲げる姿は非常に印象的であった。

ショスタコーヴィチ評

後半の「交響曲第10番」は、途中途中のソロが非常に良かったと思う。これはショスタコーヴィチのよくやる手法だが、弦楽器の伸ばしやトレモロによる弱奏の上で、木管楽器たちがソロを繋いでいく、もしくは組み合わさって旋律を紡いでいく。この具合はまさにN響らしさ全開であったと思う。
また、沈鬱で遅い曲調の音楽が曲のほとんどを支配する中でも、その流れに飲み込まれることはなく、決して歩みを失うことはない音楽で、先ほどの伊福部然り、リズムを持って歩み続けるという、井上の作品に対する強いこだわりと意志を感じるものだった。第2楽章での快速極まりない演奏こそ、それを物語るものだろう。
こちらも終わると万雷の拍手。カーテンコールはいつ果てるともなく続き、退場する楽団員に下手端で言葉をかけたり、最後は残った上手のコントラバスのところへやってくると、また言葉を交わす。最後はそのまま上手から出て行ってしまう、井上らしいお茶目さもまったく健在であった。

最後に

昔は、老齢の指揮者ほど曲のテンポが遅くなる、ということがよくあった。しかし、井上道義を見ていると、そんなことは全く心配する必要はない。むしろ、以前に増してアグレッシブに、生命力を見せつけんが如く、これから先の公演も突っ走ることだろう。12月にはN響第九公演にも登場するが、果たしてどのようなベートーヴェンを見せてくれるのか、今から大いに楽しみである。


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