【短編】『グロリア・リリィの庭』


「“王子様”は“お姫様”の前で泣くことが出来ない。
 だって“王子様”は完全で、無敵で、
 すべてを護るものでないといけないから。
 だから、わたしは“王子様”が泣くことができる、その居場所になる――」

 自身の内面を隠匿し続けてきた高校生の鮎川砂奈(あゆかわ・さな)は、
《グロリア・リリィ》と揶揄される同級生、
 立花優理(たちばな・ゆうり)のある秘密を知る。

 優理の歪な実態に翻弄されながらもカメラを手にし、
 彼女の裸体をファインダーに収め続ける砂奈。

 誰からも忘れられた旧校舎で重ねられるふたりの逢瀬のその先に、
 待つのは破綻か諦観か、それとも――。

 これは“王子様”も“お姫様”もいない、その庭の秘め事。

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※GL表現を含みます。
2014年に同人誌で発表した2万7千字程度の短編です。
こんぽたいむ(月額300円)のご購入でもお読み頂けます。

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OVER TURE

 そもそも、〝王子様〟というヤツが嫌いだった。

 小学三年生の時に感想文の課題に指定された本のうち、たまたま母親が持っていた物を読んだ時、はっきり自覚した。それはベタな空想物語で、西欧か何かの民話がベースになっていて、要するに王子様がお姫様を悪者から救い出すという筋だった。甘ったるい文章も、きらびやかな挿し絵も、砂奈は何もかもが気に喰わなかった。それが返って面白くって、思いのままを感想文にぶつけてやった。

『めちゃくちゃっていうか有りえないっていうか、コートームケイっていうんですかこういうの? ハリウッドの爆発脱出モンとか笑えるからまだ許せるけど、この本はマジ無理。おだてられていい気になって、一回も見たことない女のために頑張っちゃう王子様(笑) 下心見えすぎなんだよキショい。大体、女も女でどうして男が助けに来るまで何にもしないわけ? 自分でちょっとは何とかしようとか思わないわけ? 全部周りの奴らのせいにしてるくせに、周りに奴らをアテにしすぎ。あーもうホント、王子様だのお姫様だの、気持ち悪い』

 提出したその日に、職員室に呼び出された。
 初老で度の強い眼鏡をかけた担任が眉間を指でしごきながら、「確かに先生な、自由に感想文を書けとは言ったが…これはちょっとどうかと思うぞ。まだお前には早いかと思うが、こういう態度をむき出しにしていると社会に出た時に」云々と、見せかけだけ熱いお説教をコンコンと繰り返すのを三十分間、右から左に聞き流しながら、砂奈はぼーっと考えていた。

 ああ、あたし社会に向いてねーんだわ、と。

 歳の割に周囲より少し精神の成熟が早かった彼女は、薄々それを感じ取ってはいた。自分の考えが周りと食い違っていて、変なものを見るような苦笑を投げかけてくるのを、どうしたものかと思っていた。特に、アイドルだのなんだのに騒いでいるのが、どうしても理解できなかった。それは硬派を気取って興味ないフリしている女子とも、なんだかちょっと違うのだった。試しに雑誌なんかを見てみると、アイドルのピンナップの隣のページでシャンプーの広告に出ている女優の方に不思議と目が行ってしまうのだ。
 なので、悟ってからは早かった。自分が世間と違っているなら、叩かれるばかりでいいことなんて一つもない。ならありのままの自分なんて出すのは止めて、周囲の様子を窺って、適当に追従しておけばいい。
 どうせ誰も理解できない。理解しようともしない。そんな自分は、自分だけがわかればよい。
 それが十七歳の今日に至るまでの、鮎川砂奈の内実。

 そしてこれはそんな彼女が《グロリア・リリィ》と出逢う物語。
 ふたりが〝王子様〟のいない庭で過ごした、そう、ほんの束の間の――

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