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ふたりに、キューバの太陽が降り注ぐ【#心の柔軟体操】

親友をやめていた親友と二軒目で訪れたのは、バーだった。

カウンターは、重すぎないけれど存在感がある。こげ茶色だったのだろうか。お隣のお客さんの存在が感じられない暗めの店内では、整然と並ぶ洋酒のビンにだけ照明が当たる。

高めの椅子にソワソワする。荷物を預ける。所在のない手は膝の上に。手グセで待受を表示したスマホの眩しさにとても慌てる。

HUBには行ったことはあれど(あれはイングリッシュパブ風だよね、大好き)、こんなちゃんとしたところには来たことがなかった。

「何になさいますか?」

お若く見えるバーテンダーさんに微笑まれる。横のバーテンダーさんは、手際よく氷を削っている。

詳しくはないけれど、カクテルは好きだ。でも、私が好きなメニューが、お店にそぐわなかったらどうしよう。何を頼んだら良いのやら…。

「お好みを仰っていただければ、何かお作りすることもできますよ」。束の間の沈黙に、バーテンダーさんが助け舟。有り難くひしっとつかまる。

甘みがあるのか、さっぱりか? さっぱりで。

ロングかショートか? ロングで。

炭酸は? ありで。

やりとりの内容は、確かこんな感じだった。頭の中で、ひとつのカクテルを思い浮かべていた。

「…私、ある日本生まれのカクテルが好きでね」

「へーそうなの」

「大阪のバーで生まれたんだけど」

「ほうほう」

「ホワイトラムに、トニックウォーターかな?あとグレープフルーツが入ってて…」

元親友とやりとりしていると、柔和な笑顔を浮かべていたバーテンダーさんが明るく笑った。

「まさしく、そちらをお作りしておりました」

「!!! すごい。いや、さっぱりロングで炭酸って言ったら、やっぱそれですかね?」

「いや100種類くらいにしか絞れないでしょ」

すかさず元親友からツッコミが入る。

このカクテルは、元親友との思い出のカクテルでもある。まだまだ幼かった、でも小生意気だった私たちは、背伸びしてバーのようなところをよく訪れた。

郊外の割にちゃんと作ってくれるところで、若造が来ても嫌がらなかった。何よりお値段が破格だった。

ジントニック、モスコミュール、ソルティドッグ、スクリュードライバー…。

定番のラインナップのなかに、見たことのない名前をみつけた。昔から未知への関心は並大抵ではない。

恐る恐る頼んでみると、自分の味覚の好きが詰まった味だった。なんておいしいのだろう!

名前の意味は、キューバの太陽。日光が一層映える澄み切った空に、カラッとした風が抜ける様が心に広がった。

このカクテルをきっかけに、キューバを訪れてみたくなったほどだ。愛飲メニュー殿堂入りの瞬間だった。

バーテンダーさんが生み出した偶然に、4年近く前のわだかまりなんてどうでも良くなってしまった。じめじめとした感情が、乾いた空に散っていく。

人と人の関係なんて、ちょっとした事柄でどうにも転びようがあるんだと、喉元を駆け抜ける爽やかさに思い知らされた。

なんでも許してあげていた私は、数年前、元親友の不義理を怒った。疎遠になって、このまま名前を知るだけの人になりかけたところ、元親友は踏ん切りをつけて会いに来てくれた。

その勇気を讃えるかのような偶然だった。関係をやり直すって、簡単なことじゃない。

元親友は、私が好きで飲んでいたことも思い出していたようだった。大人ぶっていた頃の昔話にも花を咲かせた。

途切れるにはちょっと惜しかった友情が、ちゃんと繋がった。ますますこのカクテルが特別なものとなった。

日付:2019年9月20日(金)、執筆時間:約50分、場所:電車、音楽:シャッフルしちゃった

振り返り:元親友とのエピソードをまとめないと〜。

毎日、仕事の休憩時間にエッセイ?を書き続けている方をとてもリスペクトしており、毎日ではなくとも書いてみようと思い立ってみた。#心の柔軟体操 と名付けてみた。本当は心の筋トレにしたかったけど、既出だったので。出勤か退勤時に書ければいいな。

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