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note de 小説「時間旅行者レポート」その2

世界が湧いた。

その熱狂のなかで
いそいそと
研究所は候補者を
探していた。

と、ある夜中のこと
夜中、論文を執筆中に
同じゼミのフランクに
近くのパブに誘われた。

そこまですぐだ。

石畳の大通りを交差し
その店の前まで差し掛かった。

その時
その時間には珍しい
全身スーツ姿の
男たちがボクの
入室を遮り
店に入っていった。

カウンターに目をやると
フランクがこちらに
手を振っている。

「やぁ、フランク
レポートの進捗は
どうだい。

ボクは全然さぁ。

やっと冒頭の・・・」

どうやらフランクが
手を振ったのは
ボクではなく

入り口ですれ違った
スーツ姿の男たちに
であった。

「役者は揃った
ようなので。」

といい
フランクはグラスを
空にした。

「Guten nacht オリバー。

君、この人たちが誰だか
わかるかい?

聞いてビビるなよ。

この人たちこそ
いま世界を希望に
導くであろう
ディメンションズ社の
幹部さんたちさ」

ぼくは呆気にとられた。

あいさつもそこそこに
ジョッキのハイネケンを
注文した。

いつもの。で
通じるお決まりの
ハイネケン。

カネに苦心する
ボクの唯一の楽しみが
この安上がりの
ビールジョッキなのさ。

男たちの一人が
カウンターに座り
話を切り出した。

「Dr・・・と
呼ぶには早いかな。

Herrオリバー。
あなたは我ら研究所の
ことをご存じだと思うが
いかがかな?

率直に言おう。

あなたが選ばれたのだよ。

夢の時間旅行者の
さきがけに。

たしかに候補者は
星の数ほどいよう。

だがダメなのだ。
それではダメなのだよ。

いいかね。
時間旅行とはつまり
大きなリスクを伴う。

たとえばそこに咲いていた
花を一輪ちぎったとしよう。

そこから派生する
今後の世界、いや地球の
生態系をも大きく
変えてしまうことが
考えられるのだ。

Herrオリバー
わかるかね?

むやみやたらに
知識のない人間を
過去や未来に送り出す
訳にはいかないのだよ。

そこでだ。
そこで我々は
学術研究の徒である
医大生に着目した。

まずは
ここにいらっしゃる
Herrフランクに打診
してみた。

しかし
彼は大病院の
ご子息だ。
危険を伴う事業には
親御さん共に反対
されてしまった。

そこであなたを
紹介して頂いたのだ。
Herrオリバー。

調べさせてもらった結果
あなたのご両親は
いなかで労働者階級
だとか。

いや、失敬・・・

さらにいうが
君は学費の工面も大変と
聞いている。

奨学金の受給で生活するには
ここミュンヘンは
物価が高かろう。

これは
我々からの提案だが
今後卒業したその後も
一切の援助をさせて
いただく。

どうだろう。

考えてみては
頂けないだろうか?

重ねていうが
誰でもいいわけではない。

わかるね。

わが研究所の
理想に敵う
人材があなたなのだ
Herrオリバー

わたしからは
以上だ。」

ーーーーーーーー

歯切れのよい
ミュンヘン独特の
ドイツ語は
酒を進ませるのか。

説明を聞いているうちに
すでにジョッキを
2杯も空けてしまっている。

横で病院の跡取り息子の
フランクは高価なブランデーを
クイッと飲み干すさまが
羨ましく思える。

「なぁ、オリバー」
フランクが付け加える。

「こちらの研究所では
すでに動物実験段階では
成功しているらしい
じゃないか。

安心しろ。
だからいってこい。

本来なら
俺が行きますってところだが
パパやママに心配かけたくないし。

それに
時間旅行の人類初が
トモダチだってことで
俺も鼻が高いってもんだよ」

幹部の男が
そこに間髪いれず
小切手をスッと
カウンターに出した。



€1,125,900
(日本円換算 一億5000万円)

ボクの酔いは
たった2杯のジョッキビール
だけではなかった。

あきらかに
記憶が正しいのか

もしくは
悪夢か何かの幻なのか

意識の支配を失っていた。

「Herrオリバー。

これは当然、前金です。
承諾してもらえるのなら
さらに大金を積み上げる
準備がこちらにはある。

今すぐとはいわない。
どうかご検討を」

「おい、オリバー!

チャンスだぞ、これは。
君はこれを機に大金持ちに
なるだけじゃないんだ。

人類史の英雄になろうと
しているんだ。

わかるか?

できることなら
俺が代わりに・・・

いや。
今後の研究だって
資金にモノ言わせて
お手のものだろう!」

「そう、その通りだ
Herrオリバー。

君は神経外科医を志して
いると聞いた。

だから思うんだ。
文献だけではなく
実際の症例を
見てみたくないかね?」

そのとき
ボクの神経回路が
ピッ、と繋がった。


研究・・・
研究・・・
実際の。

そう、砲弾神経症。

究極の恐怖。明日をも知れぬ
恐怖と、空間をツンザく轟音。

突撃の度に
戦友が機関銃でなぎ倒されていくことの
絶望感。

~ Shell Nerve ~
という。

被害者救済は
まずは症例の診断から
始まる。

文献ではなく
実際のナマの声を
聞けるチャンスだ!

「あ・・・あす・・
あすまで待ってもらえますか」


それは
ボクからでた
ボクの声ではない
ボクの声。

「うん、わかった。

いいとも!

いい答えを
期待している。

Herr…いや

Dr.オリバー!」

そのあと
目覚めると
朝になっていて

ボクは
自室のベッドの上だった。

枕元の小切手だけが
昨日のリアルを伝える
唯一のモノだった。

ーーーーーーーーーーー

続きます。


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