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児童文学が映す「ディスレクシア」---本の中の障害者01

初出:Facebook(2017/08/16)
初出タイトル:「読字障害の啓発と児童文学」(2018/01/26 加筆修正)

最近,絵本や児童文学を漁っている.日本では「いわゆる発達障害(知的障害,自閉症,ADHD,学習障害,読字障害…)は治ることはない」と喧伝されているが,海外の絵本・児童文学においては「ディスレクシア(読字障害)」は治るものとして扱われている.所詮はフィクションの物語ではあるが,背景描写から教育現場の空気感を正しく理解した上での作品であろうと推察される.実際,著者自身の経験談であったり,著者が元教員であると紹介されている作品が多い.

さて,治ってしまった彼らは偽物の障害者なのだろうか?
日本では「治らない」事が常識とされているため,業界内のローカルな文化では「発達した」「成長した」「寛解した」「幼児の確定診断は難しいため誤診だったかもしれない」などと微妙な言葉づかいでお茶を濁そうとする.しかし,一般社会の入り口である児童文学の中では確実に「ディスレクシアは治る」という空気が流れているのだ.

更にいうならば,「医学的に真性のLDかどうか」は彼らの人生にはなんの意味も持たない.微妙な言葉づかいの違いで遊んでいる場合では無いのだ.彼らがすべきは自分の人生と真剣に向き合うことなのだ.これらの作品の主題は,「ディスレクシアを理解して!」などという安易な啓蒙ではなく,彼らの「孤独感との葛藤」「不安と挑戦」「癒しと解放」という「人の生き様」なのである.読者の心を惹きつける児童文学として成立しているからこそ,商業ベースで出版され翻訳されるのである.

主人公にとっての一大事は,障害の厳密な峻別ではなく,
・「なんでみんなスラスラできるの?」
・「できないのは僕一人だけ?」
・「周りにバレたら馬鹿にされない?」
という,孤独感なのである.(僕の中では,ここで「一人も見捨てない」という『学び合い』の理念と接続する.)

読者は,孤独感に潰されることなく挑戦し努力する主人公の姿に勇気をもらうのだ.現実的な設定であるから,メルヘンとしての空想物語ではなく,現実に「ありうる物語」として主人公に自身を重ねるのだ.

最後に,多くの主人公に寄り添う教師や友達の役割に言及したい.教育現場の教師ができる事は,
・孤独感に寄り添う事
・頑張って欲しいと祈る事
これだけ.あとは,本人が頑張るしかない.
(教師が「LD児への教授法を学ぶ」というのは,昔ならいざ知らず,特別支援教育が始まって10年経っているので,日常の教材研究に内包されていなければ教師として偽物だ)

障害名が主人公ではない.
指導者が主人公ではない.
あくまでも,本人が物語の主役でなければならない.
タイトルに登場する,フォルカー先生,チュウ先生,リトル先生ですら素敵な脇役にすぎない.

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『ありがとう、フォルカーせんせい』(岩崎書店,ISBN:978-4265068067)
『がらくた学級の奇跡』(小峰書店,ISBN:978-4338235150)
『ありがとう、チュウ先生』(岩崎書店,ISBN:978-4265850389)
パトリシア・ポラッコという読字障害だった絵本作家の自伝的3部作.1950年代,フォルカー先生との特訓で文字を読むことを学びます.「がらくた学級」と呼ばれる特別支援学級の担任の先生に学ぶことの大切さ・友達の大切さを教えてもらいます.チュウ先生の気づきで美術の道を目指して実際に絵本作家になりました.LDでなければこの話は始まらないのだけれども,あくまでも,先生やクラスメイトとの出会いと巡り合わせがテーマ.

『グリーンフィンガーの約束の庭』(ポール メイ,さえら書房,ISBN:978-4378014791)
作者はイギリスでの教諭経験があり,思春期の少女の生活を現実感を持って描写したYA小説.主人公の少女は文字を読むのが苦手だが,五感(畑の匂い,土の手触りなど)と墓石の文字の共感覚の描写があったり,農作物への興味から種子袋の説明を手始めに,農業図鑑なども読みます.LDなどと言うのは主人公の属性の一つに過ぎず,あくまでも思春期の少女の心の揺らぎがテーマ.

『読めたよ、リトル先生』(ダグラス ウッド,品川裕香訳,岩崎書店,ISBN:978-4265068272)
教科書の文字が読めない男の子が,自身の経験・五感・興味をかき立てられる『ちいさな島』(ゴールデン マクドナルド, 童話館出版,ISBN:978-4924938625)の読書指導を通して,文字を読むことに立ち向かうストーリ.この作者の自伝的な物語.担任の先生がひたすら寄り添うのがポイント.

『ボクはじっとできない 自分で解決法をみつけたADHDの男の子のはなし』(バーバラ エシャム,品川裕香訳,岩崎書店,ISBN:978-4265850822)
『算数の天才なのに計算ができない男の子のはなし 算数障害を知ってますか?』(ISBN:978-4265850365)
それぞれADHDの小学生,算数が苦手でも数学が得意な小学生が主人公.ADHDの子は自分で改善策を工夫してしまう.算数障害の子は高校生の数学に取り組む.「こんな子いるでしょう?君も大丈夫だよ!」という,子どもたち自身への啓蒙.

『わたしのそばできいていて』(リサ・パップ,菊田まりこ訳,WAVE出版,ISBN:978-4872909470)
教室で教科書の音読ができない女の子が,図書館のセラピードッグに読み聞かせをして克服するお話.
犬に寄り添われ,教室で友達の前で音読できるようになる.

『さかさまになっちゃうの』(クレア アレクサンダー,福本 友美子訳,BL出版,ISBN:978-4776405641)
状況を読み取れば文字が書けないLDライクなのだけれど,もはやそんな単語すら出てこない.さすがアメリカ(初出の時の誤記,実際は英国の作家です)!こっそりと友達に相談し,「誰も馬鹿になんかしないよ!」と励まされ,先生に打ち明け,先生は真摯に寄り添い,最後に校長先生へのお手紙を書き上げる.ただそれだけ.

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