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The War On Drugs - I Don't Live Here Anymore (2021)

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総評: 8/10


Lost In The Dream』は夢想と夜霧のアルバムだった。『A Deeper Understanding』は躍動と拡大のアルバムだった。本作『I Don't Live Here Anymore』は、覚悟と成熟のアルバムと言えるだろう。

サウンド面では自分達の型・必勝パターンを何作も前に完全に確立しただけあって、ここにきて演奏がガラッと変わったなんてことは無いが、着実にアップデートされている。まず耳を惹くのは、過去最も軽やかなでクリアな音だ。シンセは前2作のような深いアンビエンスを強調する抽象的な使い方はされておらず、ピアノやアコースティックギターも含めたすべての演奏が清涼感を高める目的で使用されている。澄んだ秋空が思い浮かぶ。

"Harmonia's Dream"では細かなフィードバックノイズやアコギのアルペジオをまといながら若々しく駆け抜ける。"I Don't Wanna Wait"の03:16でのコード進行は中期Talk Talkのような洗練されたムードを生んでいるし、"Victim"途中でのダブルタイムへの変化は効果的に焦燥を煽る。アルバム終盤、"Rings Around My Father's Eyes"でしっとりとした空気を作った後、"Occasional Rain"で明るく切なく甘く軽やかに終わるのも素晴らしい。全曲通して、演奏の完成度はこれまで通り非常に高い。

反面、歌詞はそれほど印象的ではない。人生の迷い、問い掛け、仮説、覚悟、それらが漠然と表されている。"Victim"ではクリエイティヴィティと日常生活の折り合いに悩み、"I Don't Live Here Anymore"では喪失に負けず自分の足で歩き続けるんだと歌う。ありきたりなテーマであることは問題ではないが、表現の仕方(レトリック)が単調で遊びが無く示唆にも乏しい。尤も、例えば"Old Skins"の"Let's suffer through the change"というストレートなフレーズが妙に胸に染み入るように、その衒いの無さは必ずしも悪いことではない。

もう二度と戻れない思い出に浸り、理想と現実のギャップに苦しむ。それでも全てを抱えて新たな人生のフェーズに向かおうという覚悟を、爽やかなサウンドに乗せて歌う。肌寒くなってきた日本の秋晴れの空の下で聴けば、本作の余韻をフルで味わえるのだろうなと思う——冬なのに30℃を超えるバンコクではその環境が心からうらやましい。




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