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FKJ 『V I N C E N T』 (2022)

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7/10
★★★★★★★☆☆☆


基本この人はずば抜けた天才で、それが本作でも余すところなく表現されている。聴いていてとにかく楽しく、幸福感に満たされる。徹底した快楽主義的音楽。

"Way Out"は『Just Piano』の流れを汲む爽やかで軽快なピアノにチルR&Bのビートを加えた、この人の良いとこどりのような曲。オープニングとして見事だし良い休日が始まる。

"Greener"はサンタナのギターをフィーチャー。彼がとにかく弾きまくる。FKJ自身もギターは上手いが、やはりサンタナのソロには強烈な記名性がある。名曲。

サックスが縦横無尽に鳴り響く"Us"にあるのは肉感的なジャズの雰囲気ではなく、あくまで洒脱で少し鼻につくチルR&Bそのもの。それはリゾーティなビートとコーラスの利いたギターのせいだろう。やはりリゾーティなビートの上でミュート気味のギターソロが鳴り響く"The Mission"も、小憎らしいほど洒脱。

"Can't Stop"はよく聴くともう少し多彩で実験的な音で構成されていることに気付く。何種類もの細かいシンセやギターをパッチワークのようにコラージュして出来たガラス細工のような美しさ。音の匠としか言いようがない。

"IHM"では軽やかなピアノが演出する控えめな華やかさに酔う。"Brass Neckless"はクラシックポップのような甘いメロディを(((O)))が甘く歌う。"Different Masks For Different Days"もサックスとピアノが妖艶な絡み合いを聴かせる。この3曲なんて、冷静に聴くと甘すぎるような気もするが、もうどうにでもなればいい。

Toro Y Moiの声を聴くといつも感じる心地よい孤独感が"A Moment Of Mystry"にも存在する。前3曲の激甘なムードから、少しドライな雰囲気に矯正する役割を担っている。"Let's Live"も同様。ピアノのアルペジオもシンセのアルペジオもスピード感を強調している。

終盤も多彩。サックスが鳴る"Once Again I Close My Eyes", ピッチベンダーを駆使した80’s風シンセと軽くファンクなギターが絡む"New Life", ピアノインスト"Does It Exist", グロッケンシュピールがアクセントになっているラスト"Stay A Child"。

全ての人間が全ての問題の当事者である(と思い込んでいる)"インクルーシヴ"な現代社会。社会問題に口を閉ざすことは罪という認識が広がり、巷には誰のものか分からない「意見」「批判」「謝罪」「訂正」が溢れている。我々の首は真綿で絞められ続けている。

そんな風潮などクソくらえ。狂った世の喧騒も、ポップシーンの狂騒も、明日の仕事も、全て忘れてしまえ。気兼ねなく快楽主義者の恍惚に身を任せてしまえばよい。がんじがらめなルールから自分を解放できるのは自分しかいない。


私としては、彼がプロフェッショナルであるからこそ、快楽主義的な音楽を追求することができると思っている。あるアーティストの作る音楽が快楽主義的であることと、そのアーティスト自身が単に快楽主義者であることは、全く別の話だ。



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