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Big Thief 『Dragon New Warm Mountain I Believe In You』 (2022)

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10/10
★★★★★★★★★★


彼らの曲には、全てを抱擁する温かみと慈しみがありながら、同時に、世界の全てを見てきたかのような鋭い視線と深い諦念も含まれている。どれだけファニーで楽しい曲でも、まるで世界の終わりで流れるエンドロールのような感覚がある。深く深く、感情の海へ溺れていく。

それらを聴いているうちに、この人達の歌っている曲さえ聴いていれば大丈夫だ、この人達について行けば間違いない、といつの間にか思わされていることに気付く。現代ロックシーンでは他に類の無いカリスマだと思う。安直な例えだが、もはやメジャー化直前のMichael Stipeと並ぶ存在感を放っているように感じる。

バンドメンバー同士が言葉を超えた深い精神性で繋がり合っていることを自覚し合っている。制作のゴールを誰も口にせずとも、全員が深いところで理解しており、4人のヴィジョンが完璧に一致している。これこそバンドのシナジーが見事に働いている最たる例だと思う。こんなバンドは現在、他にいない。

サウンド面では、2,7,12等で聴けるギタリスト2人のセンスの昂まりは言うに及ばず、ドラマーの貢献がかなり大きいと感じた。彼の変なソロ作『A New Found Relaxation』(2020)は好きでよく聴いていたが、あのアンビエントノイズが本作の背景にも流れており、本作の雰囲気を裏で支配しているのを確かに感じる。『U.F.O.F.』(2019)もそういう作品だったが、それ以上に強い効果を生んでいると思う。

だがそんなことより、とにかく曲が良い。どの曲も素晴らしいが、5が一番私の感情に訴えかけるものを持っている。雨雲のような9,10も凄いし、13は分かりやすく名曲。そしてしっとりした15,16を経ての17が確実にアルバムのクライマックス。もちろん1,4,8,12といったシンプルなフォークソングも名曲だし、3,11,20といったブルーグラス的/牧歌的な曲も良いアクセントになっている。

Adrianneの描く歌詞も良い。この人の歌詞はとても抽象的でちゃんと理解しようとしてもよく分からない。ただ、風、土、水、火といったメタファーを多用しながら、諸行無常と万物流転を根本的なテーマとしたアレコレを歌っているように感じる。そしてその内容がどうこうというよりは、その表現のセンスがずば抜けている。

"flower of blood bloom on my tongue"なんて言葉、まず普通の人間には思い浮かばないし、"I wanna drop my arms and take your arms. And walk you to the shore"なんて言われたらもう完全にお手上げだ。"Blurred View"に至っては全編、寺山修二の詩のような言葉が溢れ出している。抽象的な一言一言が生々しい質感を持って胸に迫ってくる。言葉にならないほど素晴らしい。

誰しも、思春期の心に響いた思い出のロックアルバムがあると思う。思春期のリスナーにとってはそんな一枚になり得るし、青年や中年のリスナーにもそんな昔の一枚を思い出させるような雰囲気を放っていると思う。本作がリリースされたことを心から嬉しく思う。








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