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PILOT NOTE

14
受験記まとめ。全14話
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記事一覧

1.そしてパイロットを志した

2008年、大学2年生の夏休み中の僕は山梨県の富士スバルラインのワインディングロードをバイクで駆け上がっていた。

工学部の2つ上の先輩である東さんの愛車、CB400クラッシクのテールランプを追いかける。

右へ左へと重心を移動させながらコーナーを抜け、エンジンの一番トルクが出る回転域までアクセルを吹かして加速していく。

夏なのに鳥肌が立つ。バイクで山を登る時のこのワクワク感がたまらない。

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2.再現性

​さすがに蝉の声は聞かなくなったとはいえ外は残暑という言葉が相応しい程のほんのり蒸した暑さだ。

僕はクーラーのよく効いた家庭教師先で高校2年生の純也に三角関数を教えながら地球の丸みを想像していた。いわゆるアースカーブだ。

円の直径に線を引くと地球に赤道が引かれたように見える。

本当はsin60°を教えるために描いた絵だけど。

「飛行機は揚力の他に、僅かながら遠心力で飛んでいるだ。第1宇宙速

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3.English=chance. ≠tool.

壁の時計は全てロレックスだ。

金ピカ塗装のイギリスの高級車ベントレーがターミナルの1番目立つ所に鎮座している。確率1/2000のロトの1等商品らしい。こういうのを"show off"というのだろう。

当時は中東バブル真っ只中である。

僕は初めて見るドバイ空港に圧倒されていた。中東に来たのはもちろん初めて。

イメージ通りのターバンを巻いた人達が闊歩している様子がアラビックの国に来たことを

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4.自社養成は日本と香港で

経営学部の食堂は学会後の簡単な食事会を行える程綺麗だ。採光も景色も申し分なく、うちの大学の名スポットの1つでもある。
メニューは工学部より平均して200円くらい高いのだけれど、定食形式で個人的には大好きだ。工学部から遠いのだけが難点。

竹本さんに会うのは初めてだった。東さんの競合他社に自社養成パイロットとして就職が決まった竹本さんは経歴がちょっと変わっていて、アメリカの大学からうちの大学に編

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5.自社養成試験の始まりと終わり

スマホの黎明期だった。「絶対iPhone3GSにした方がいいよ!説明会の予約、漫喫行かなくても取れるから!」同級生の誰もがそう口にする。
同級生と言っても大学生の言語のクラスの同級生達だ。

大学3年生の後期になるとみんな就活戦線に出て行く。工学部にいるとその殆どが大学院に進むのであまり感じられないが、文系学部に行くとダークスーツに身を包んだ3年生がラウンジのパソコンでESやWEBテストなどと

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6.Believe your 鳥肌

気温は28°C、透き通るような青い空は南国にいる事を実感させる。日陰は一瞬涼しいかなと感じる程乾燥しているのだが、ひとたび日向に出ると日射が肌に突き刺さる。サングラス無しでは眩しくてコックピットウィンドウから外を見ることが出来ないだろう。

初めてのTAXINGは想像以上に難しい。
ラダーペダルで方向を操作するのはハンドルで運転する車と全然違うのだ。
誘導路上の真ん中の白線の上を進むのは至難の

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7.夢に期限を

『成功すれば挫折は過程に変わる。だから成功するまで諦めないだけ。』
本田圭佑はそう言う。いや、彼だけではなく、多くのビジネス書でもよく語られ、引用される言葉だ。

いざグアムでパイロットになる事を決意したとはいえ、「人生やりたくない事はやらずに、やりたい事だけやればいい」という流行り言葉をそのまま受け取れるほど、僕も純粋ではない。

どれ位努力すれば、どれ位苦労すれば、どういう結果が実るの

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8.CAC分析

大阪に待ち合わせたのは17時。

「19時までハッピーアワーだから!」という理由で早いのだ。愛梨さんは小柄で可愛らしいのに行動や発言がサバサバしてるのでファンが多いのもわかる気がする。愛車は赤色のCBR400R、センスがあるとしか言いようがない。

類い稀な語学力で国内最大手の素材メーカーの海外営業を任されてる愛梨さんの彼氏というからには、広告とか人材系の意識高いオーラが爆発してる人が来るのかと予

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9.平札と切り札

ジメジメした梅雨の空気はシンガポールを思い出させるほどの湿り気だ。

日本は亜熱帯地方になってしまったのかもしれない。

それから逃げるように僕は工学部の地下にある精密加工機のある部屋に籠っていた。そこは年中18℃に保たれているので驚くほど快適。むしろ涼しすぎるくらいなのでユニクロのカーディガンが役に立つ。

僕の大学での研究は超精密加工。ナノレベルの表面性状をどう実現するのか。

4年生の僕は大

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10.ポールポジション

夏らしくなってきた筆記試験当日、僕は教室の1番左前にいた。

受験番号が4桁だったので1000人も受けないのに何故だろう、と思っていたが初めの1桁は地域番号のようだった。

願書受付日必着で送ったせいか、僕の番号はその地域の受験者で1番最初に届いたらしい。

別に受験番号に有利も不利も無いが筆記試験において前に受験者が居ないのは集中しやすいしスピーカーに近いのはリスニングにも有難いと思った。言うな

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11.再会

8月某日、僕は午前中から大阪にいた。

母の同級生がたまたま航空身体検査医をやってると聞いたからだ。情報は足で稼ぐ。

身体検査は9月だ。

2ヶ月半ほどあるのでしっかり現在の適合状況と血液の悪いところがあれば、それを知った上で治そうと思い立って訪ねた。

病院を訪ねてみると、上品なベージュの壁には幾つか飛行機の写真が掛かっていた。

ピンクを基調とした花(さすがに医療施設なので造花だろうが埃が

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12.ガタカ

クーラーの効いたスーパーの中では『食の秋』の看板ばかりで冬の足音が近づく気配がするが、一歩外に出るとまだ夏の湿気を感じる『残暑』という言葉が相応しい季節だ。

9月末ともなれば、卒業論文もそろそろ骨格が出来てもいい時期なのに身体検査の再検査対策という名目の下、僕は『ひとりフレックス』というよく分からない言い訳で研究室に行く前に朝から泳いでいた。コアタイムは無かったが一応9時には居るのが4年生だ、み

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13.ピア・エフェクト

受験者控え室に入る。こういう時、みんな「私は緊張してませんよ」という余裕そうな顔を作る。僕もそうだ。

「はったりでもいいから涼しい顔してろ」
そう言ったのは高校時代のバスケ部の顧問だったか。

内心は部屋に入るまではかなり緊張していたが、座ると落ち着いてきた。倍率は1.3倍弱。ということはここにいる20人の中の半分以上が将来の同期になるという事だ。
もちろん受かったらの話だが。

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14.アフターエンド

2011年3月、いよいよ大学も卒業という頃、ある日お風呂に入ってた僕は目眩のようなものを感じた。
昼間に長く浸かりすぎたかと思って目眩が収まってからお風呂場を後にしテレビをつけると大変な事になっていた。

3.11東日本大震災である。揺れてたのは僕ではなく日本列島そのものだった。

僕は夢を叶える為に、大学卒業後の内定先を断っていた。東証1部企業の中でも最も良い内定先と言っても過言では無か

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