200lbの価値

「お前200lbのケロシン、幾らか知ってんのか?」

話は最近のことだ、時は2016年。三顧の礼でやっとアポがとれ、気象の話をしてくれるからということで尋ねた元エアライン教官から開口一番、燃料の話が出てきて困った。

ジェット機の燃料というのはほぼ灯油で、そこに色んな添加剤を加えたもがケロシンと呼ばれ、シンガポールの取引所の価格が基準になってる。ちなみに失明するほどの毒性がある。って事くらいしか僕には分からない。

いまは運航管理(ディスパッチャー)をされている強面の藤田教官が言うにはざっくり1lb(ポンド)50円位らしい。

200ポンドとなると10000円である。大体100kgでこの値段だ。

「たまにパイロットがこう言ってくるんだよ。『一応、200lb追加しといてもらえますか?』って。何だその一応、、って!」

「1日で100便のパイロットがそんな事言ってみろ。どうなる?」

「1日のコストが100万円増えます。」

「じゃあ1年なら?」

「…36.5億円位ですか?」

「桁は大体そんなもんだが追加燃料の重量分、燃費が悪くなるから実際は更にコストがかかる。約40億円だぞ、40億。じゃあ逆にだ、、パイロット全員が毎日100万円分の燃料を節約するエコフライトをしてみろ。重量コストの下駄も脱がせられるから40億円位の節約になるんじゃねーか?!」

「はい、そうなりますね。。」
なぜか怒られてる気がしてきた。

「なんでそんな一応、って事を言うのか。相当なバッドウェザーなら分かるぞ、でもそもそもエアラインにはコンティンジェンシーフューエルっていう『一応』の燃料を積んでんだ。年間のダイバート率から厳密に統計計算されて積んでるんだ。
ようするに、、天気をはじめ混雑状況とか俯瞰的に予想出来てないってことだろ?」

藤田教官は長広舌を振るってる訳ではないが僕の発言する幕は無さそうだ。

「過去の実績は将来の保障ではない事は俺も認める。」

見事なタイミングでの反論吸収だと思った。

「だがな、プロってのは『将来の予測に対してほぼハズさないってコト』だ。その為には知識が要る。初期訓練の地べたを這ったフライトとは違うんだ、何が違う?1万ft以下の風と4万ftの風。」

「風速…ですか?摩擦がないので。」

「そうだ。どうせお前も初期訓練の小型機でMETAR, TAFで運行可否判断してクルーズは大気の断面図みて飛行機の性能上1万ft前後でまあ雲は無さそうだから西向きだしこれで、みたいに選んでたんだろ。そんなもんはエアラインでは通用しない。エアラインにおいて最も重要なのがジェット気流だ。何kt以上の風のことだ?」

「確か…5じゅ...」

「違う、60ktだ、本当にCPL持ってんのか?まあ実質80kt以上って考えとけ。普通に160kt、今日も吹いてる。じゃあ種類は?」

「寒帯ジェットと亜熱帯ジェット…だった気が…」

「そうだ、ポーラーとサブトロフィカル」
藤田教官は横文字が多分好きだ。

「ポーラーは知っての通り季節つまりは温度によって南北に大きく動く。160ktの向かい風に向かって飛ぶ馬鹿はいねぇなぁ。さっきも言ったがジェット気流と経済性はもろに関係してることを忘れるな。その高度で飛ぶと幾らかかるのか、ってちゃんと考えろ。
高空の方が燃費はいいがジェット気流に向かい風に長々飛んでコストを撒き散らすんじゃない。

エアラインは安全性、定時制、快適性、経済性、というがコストを抑えつつ快適性を確保するバランスの取り方は絶対にある。
それも知識次第。

AXJP140を見てみろ。
この等温線が曲がってる所がジェットフロント。ここは揺れるから避けた方がいい。」

と言って藤田教官は腕時計を見た。

「しまった話すぎた、次の用事あるからまた来い。」

と言ってそそくさと行ってしまった。
パイロットは今だに口伝文化と言うがそうなのかもしれない。
そして強面教官は大体いい人。

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