見出し画像

恩師への恩返し

2023年の大きな出来事・・それはコロナ渦前から数年を費やして翻訳にあたっていた書籍が、ついに日本の出版社から出たことです!

その原書は、こちら。

Anne Smith 'The Performance of 16th-Century Music: Learning from the Theorists' (2011)

私の音大時代の恩師であるアン・スミス(Anne Smith)氏が2011年にオックスフォード大学出版局から出版した、16世紀の音楽の演奏法に関する書籍 『The Performance of 16th-Century Music: Learning from the Theorists』です。

前回の記事でオックスフォード大学出版局(OUP)の話題が出ましたが、今年の夏にわざわざ現地を訪ねたのも、実はこれとの関連がありました。

OUPの原書の紹介サイトです。

もともと、16世紀の音楽の演奏法に特化した専門的な概説書は非常に少なく、しかも日本語に訳されたものなるとさらに希少でした。

著者のアン・スミス氏は長年、この分野の研究・教育・実践に関わっていて、私はバーゼル音大時代に5年間にわたって薫陶を受けました。

アン・スミス氏は2016年をもって退官しましたが、私自身は卒業後も16世紀の音楽を活動の中心においていることを考えると、まさに恩師の中の恩師です。

私と同じく、スコラ・カントゥルム・バジリエンシス(この学校について詳しく知りたい方はこちらの記事から!)で学んだ菅沼起一氏との共訳という形で、音楽之友社から今年8月下旬に出たのがこちらの翻訳書です。

翻訳書の発売元である音楽之友社のサイトからは、サンプルページも見ることができます。
もちろん購入も、こちらのサイトから直接可能です!

邦訳版のタイトルは、『理論家に学ぶ 16世紀の演奏法』です。

この本は決して、アン・スミス氏の自説を延々述べるものではありません。
あくまで16世紀の理論家たちの書き残した理論や証言を元にして、それから導き出されることを主眼に置いています。
巻末の資料集も、読者に「考える材料」を多く提供してくれます。

そういう意味でも、こうした書籍の出版を音楽之友社が引き受けてくれたことに驚きと感謝の気持ちでいっぱいです。もちろん、翻訳許可を与えてくれたOUPと、原著者のアン・スミス氏にも。

さて、翻訳本にはこの本の出版に至るいきさつを、「訳者あとがき」の中に短く書かせていただきましたが、紙面の都合で削らざるを得なかった内容もかなりあり、以下はそれらを中心に書きたいと思います。

まずは原書の表紙に使われているこちらの絵をご覧ください。

アン・スミス氏は趣味で絵を嗜んでいて、これはその一点。
ご本人の演奏家としての専門はルネサンス・フルートで、それとルネサンス・リュート、それに16世紀の楽譜などを描いた静物画です。

翻訳本の出版が正式に決定した頃、チューリッヒにあるアン・スミス氏のご自宅を訪問すると・・

2020年7月、アン・スミス氏の自宅にて。

書斎の額に入れて、この絵が飾ってありました
日本語版の出版にあたって、表紙にこの絵を使うことについて即効でOKをいただきました。
ちなみに私の持っている原書は、もうこの時点でボロボロです・・

今年秋の日本への一時帰国の時に、出来あがった本の現物を手にとりました。
いつも自分が利用している書店に、自分の関わった翻訳書が平積みされているのを見て、ちょっと不思議な気持ちに。

その際、9月上旬に都内で発売記念イベントを催しました。せっかくなので、オンラインでの参加をアン・スミス氏にお願いすると快諾していただき(時差の都合で、スイスは早朝)、イベント参加者の方々からの質問に答えてもらったり、原書の出版に至った経緯などを詳しく話していただいたりしました。

アン・スミス氏はこれまで来日の経験がなく、日本の方々にとっても非常に有意義な時間だったことは間違いなかったと思います。

都内での出版記念イベントにオンライン参加してくれたアン・スミス氏。
チェンバロの奥にある絵が気になりますが・・

それから2か月。先月のバーゼルでの演奏会のリハーサルに、チューリッヒから足を運んでくれた恩師に、ようやく現物を手渡すことができました。

2023年11月、ついに翻訳書とご対面!原著者の満面の笑み。

もちろん、中身は日本語なので読めないわけですが、苦労と時間をかけて出来た翻訳本を手に取った瞬間、アン・スミス氏は笑いが止まらなくなり、そのうち涙すら流して喜んでいました
それほど待ち望んでくれていたのかと思うと、こちらも胸がいっぱいになりました。この本が、他言語に訳されて出版されるのはこれが初めて(しかも、日本語版のために書き下ろしされた箇所もあります)。

せっかくなので、サイン交換をしました!

原著者からのサイン入り。一生大事にします!

ちなみにアン・スミス氏が足を運んでくれたリハーサルは、この前の記事にも書いた、私がバーゼルにおいて初めて指揮を務めたアンサンブルの本番。
出し物も16世紀の音楽が中心で、ゲネプロでは恩師に捧げるつもりで、いつも以上に一生懸命演奏しました。

実は10月上旬の時点で、この翻訳本は重版が決定していました
この類の専門書としては最近では珍しいことらしく、想像以上に多くの方が興味を持ってこの本を手にとって下さったからだと思うにつけ、訳者としては感謝しきりでした。
発売後3か月足らずで重版の知らせがあったことは、アン・スミス氏自身にとっても大変驚きだったようです。

と同時に、これが恩師への恩返しになったかと思うと、自分としても一つの大きな仕事をやり遂げた感じがしました。
16世紀の音楽(敢えて「ルネサンス音楽」とは呼びたくありません!)が、理論と実践の両面から、さらに日本の人々に知られるようになって欲しい・・という強い願いは、留学する前から変わっていません。
そのスタート地点を、やっと刻めたかな・・と思います。

共訳者の菅沼起一氏、そして音楽之友社の編集部の方々には、この場を借りて心からお礼申し上げる次第です。

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ 

さてここからは、翻訳書のあとがきにおいて、紙面の都合で割愛されることになった私の文章を公開します。
ただし、かなり専門的な内容(一部に個人的な内容も・・)を含みますので、この先は有料記事とさせていただくことにしました。
どうかご理解下さい。

ここから先は

3,450字

¥ 500

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?