『後ろ姿』(掌編小説)
女ってのは後ろ姿が1番いい。
僅か17年の人生で奇跡的にも気がつくことができたこれは、真理といっても過言ではないだろう。
「これ、金管との練習で使うから、持ってっといて」
背後からの声に振り返ると、トランペットパートのパートリーダーが部で1番大きなメトロノームを指差していた。
彼女の手には自らの楽器と譜面がある。しかし、工夫すれば持つことはできそうだった。何より俺は今、当のパーカスの荷物運びをさせられている。
「悪いけど、見ての通り俺は今こっちの手伝いやってるんだよね」
「パーカスの手伝いの延長でしょ? じゃ、頼んだから」
俺の目の前から消えた彼女はすぐさま眩いばかりの笑顔を浮かべて、彼女を待つトランペットパートの面々のもとへ駆けていった。
この高校の吹奏楽部は女子社会を極めている。男子が少ない吹奏楽の中でも、1人しか男子部員がいないというのはなかなかに珍しい例だろう。
そうして、少ない上に気が強い方ではない俺という男子は1年前から迫害といっても差し支えないだけの扱いを受けていた。
メトロノームを運ぶくらいのことは、正直まだいい方だ。
面倒なのは掃除を1人でやらされること。業者の人とたった2人で全ての大型の楽器をトラックに載せること。他にもまだまだ色々と。
「男なんだからわたしたちより力があるでしょ? じゃああなたがやって当然じゃない」
「社会ではわたしたち女性の方が差別されてるのよ? このくらいの事、我慢しなさいよね、男として」
こういう言葉は既に聞き飽きた。
結局、声が大きい方が声の小さい方を迫害する。そこに性別の差なんてものは存在しない。ただ、人間の本能なのだろう。
だけれど世の女性が、「男性が」と言いたい気持ちは痛いくらい分かる。
なんせ、思春期の少年が女は後ろ姿に限るなんてことを考えてしまうんだから。
1人で大型の楽器を運んでいる間に、俺の所属するパートの練習が始まったようだ。
フルートの細く雅な音色が階下から響いてくる。
「やっぱり、辞めちまおう」
フルートの音色を聞いた俺は、気づくとそんなことを口にしていた。
言葉に出してみると案外と気が楽になるもので、俺はその場所に楽器を置き去りにしたまま、荷物を取りに楽器庫へと急いだ。
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