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堀江敏幸『雪沼とその周辺』ものは壊れる、人は死ぬ。だから文学がある

堀江敏幸『雪沼とその周辺』ものは壊れる、人は死ぬ。だから文学がある

短編集。静かで少しいびつで、エモーショナルとは程遠い雰囲気だけれど、ところどころ、言葉にならない感情に襲われて涙したり、ページから顔を上げて深い息を吐いたりした。

山あいの町、雪沼。町営のスキー場のほかには、外から来て足を止める人もないような小さな町で、それも今では流行のピークを過ぎていることが示唆される。

それぞれの物語の主人公は、年を重ねて体のあちこちにガタが来ていたり、パッとしない中華食

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『大奥』よしながふみ 14~17巻「きっとどの将軍も、ひとりひとり精一杯生きて、悲しみ苦しみとともに、喜びも味わったはず」

『大奥』よしながふみ 14~17巻「きっとどの将軍も、ひとりひとり精一杯生きて、悲しみ苦しみとともに、喜びも味わったはず」

江戸時代を男女逆転(+α)で描く『大奥』、徳川の歴代将軍の中でもとりわけ好きなのが13代家定と14代家茂だ(どちらも女性だよ)。作中、天璋院(男性ね)が「どちらも王者の器」と述懐するような、優れた将軍として造型されている。

家定は苦難に折れず独学を重ねる勤勉さと家臣の人品骨柄を見抜く才があり、さらに優秀な部下に権限を与えて責任をとる胆力をもっていた。
家茂に至っては、素直で誠実な性分があらゆる身

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『こびとが打ち上げた小さなボール』 著 チョ・セヒ 訳 斎藤真理子

『こびとが打ち上げた小さなボール』 著 チョ・セヒ 訳 斎藤真理子

師走。ここへきて、2023年Myベストかもしれない。「蹴散らされた人々」の物語‥‥。

1970年代、軍事独裁政権下で都市開発が進むソウル。「こびと」を家長とする一家は、どぶ川のほとりの貧民窟で、食べるものにも苦労しながら暮らしていた。

10代の子どもたち3人は中学をやめて、町の印刷工場や鉄工所で働いている。
52歳の父親「こびと」は、高層ビルの窓ふきや水道工事などできる仕事を何でもやったが、長

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『日本断層論 社会の矛盾を生きるために』 森崎和江、中島岳史

『日本断層論 社会の矛盾を生きるために』 森崎和江、中島岳史

福岡に長くお住まいで(※)、昨年95歳で亡くなった森崎和江さんへのインタビュー本。福岡の諸先輩方はご存じの方も多いと思うが、私は「からゆきさん」や「まっくら」の著者……ぐらいのイメージしかなかったので、驚きの連続だった。

インターセクショナリティやジェンダー平等のような概念が横文字で輸入されるよりずっと前から、それらを自身の骨盤のようにして推進していた人がいたのだなと。

森崎さんは1927年生

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『他者と働く 「わかりあえなさ」から始める組織論』宇田川元一

『他者と働く 「わかりあえなさ」から始める組織論』宇田川元一

(2022年9月 筆)
発売当時、新聞やSNSでもかなり言及されて話題になっていた。今年の初めごろから積んでいて、最近やっと手をつけ、めでたく読了。 

スタイリッシュな装丁と裏腹に、一本筋が通っていて、凄みすら感じる本だった。それでいて筆致は柔らかく、書いてあるいろいろなメソッド以前に、行間からにじむもので姿勢があらたまるような気持ちになる。

あとがきに書かれた筆者自身のナラティブを読んで「は

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『夏物語』川上未映子

『夏物語』川上未映子

この小説を読んだ女たちで集まれば‥‥いや、読んでなくてもエッセンスを紹介するだけでも、めちゃくちゃ白熱した読書会ができるに違いないが、白熱しすぎてあちこちでケンカと絶縁が起こる気しかしないw 
この本で何度も哲学対話をしたという知人Yさんはやっぱりプロ!

第二部に入ってしばらくはずっと「ふつうの小説になったな」と思いながら読んでた。第一部が突き抜けてたのでねw

でも、それは長編小説ならではの嵐

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『大奥』第13巻 地獄が網羅されるが「それでも光明はある」と信じられる物語

『大奥』第13巻 地獄が網羅されるが「それでも光明はある」と信じられる物語

地獄を網羅している。

そもそも、ひとつの家系を何代にもわたって描いていく物語は多くない。登場人物が膨大になるのはもちろん、時代背景の推移を書き込むのも大変だ。「男女逆転」という野心的な設定で、徳川13代(※)にわたる江戸時代史をぐいぐい進めていくのだから、作者のすごさは読まなくてもわかりますね?

若年男性だけが罹る感染症の流行により、男子の数が極端に減り、女性が将軍職を継ぐようになった、という

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『読書と日本人』 津野梅太郎

『読書と日本人』 津野梅太郎

名編集者による日本人の読書史。軽く読めるけどただの雑学じゃない。想像力や思考力がめちゃくちゃ刺激される! こういうのを「教養」っていうんじゃないかな。

「日本人は昔から識字率が高かった」という漠然とした感覚ってありますよね。戦国時代または幕末・維新にかけて来日した外国人たちが驚きをもって記録していることから広まったと思われます。「寺子屋」に通う子どもたちのイメージもあるかもしれません(時代劇でよ

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『フランスの高校生が学んでいる10人の哲学者』シャルル・ペパン

『フランスの高校生が学んでいる10人の哲学者』シャルル・ペパン

私が通った文学部の中には哲学科があり、東洋哲学・インド哲学・西洋哲学・現代哲学・倫理学・仏教史・美学美術史などなど、そうそうたる授業が行われていた。もっと勉強しておけばよかった。40を過ぎてからフランスの高校生レベルの本を読んでいます(笑) 
でも、大人になったから興味を持てることってあるんだよね。大人になりすぎた感があるけど‥‥w

とにかく、これを読んでいる間じゅう感じていたのは、ヨーロッパっ

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『本は読めないものだから心配するな』 管啓次郎

『本は読めないものだから心配するな』 管啓次郎

私は本がほとんどない家に生まれ育ったが、いや、だからこそ?小さい頃から書店や図書館が大好き。圧倒的な冊数に惹かれるのです。

振り返れば、小学校中学年ごろには以下のふたつをハッキリと理解していたと思う。
ひとつは、「一生かかっても、読みたい本を読みきれることはないだろう」ということ。
もうひとつは、どんなに夢中で読みふけっても、時が来たら本を閉じて、自分の生活に戻らなければいけないこと。 

もど

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読書メモ「この国の戦争 太平洋戦争をどう読むか」

読書メモ「この国の戦争 太平洋戦争をどう読むか」

加藤陽子が日本の先の戦争について一般向けの書籍を書くとき、常にふたつの問題意識が示される。

①なぜ開戦を止められなかったのか? 
②なぜ、ボロボロになっても戦争をやめられなかったのか? 
加えて、「後世の人間は歴史の「物語化」とどう対峙すべきか」という通奏低音が流れ、終盤には主旋律をなすのが本書の特徴。3章目だけでもとてもおもしろく勉強できると思う。(おもしろく、というと語弊があるが‥‥)

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いま読みたい!「女と刀」おしゃべり会

いま読みたい!「女と刀」おしゃべり会

2018年から福岡市の男女共同参画にちょこちょこかかわるようになり、たくさんの学びとご縁をいただいてきた。主に「男女共同参画をすすめましょう」という啓発を担う大切な活動だけれども、自分に啓発活動は似合わないのではと、このところ少しお休みしている。私が聞きたい・発したいのは、いつでもテンプレに収まらない言葉。そんな方向性からの「男女共同参画」を模索している、といえば大げさだが‥‥。

先日、ご縁があ

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『ブルースだってただの唄』藤本和子

『ブルースだってただの唄』藤本和子

こんな本があったのか! 1980年代半ば、日本人の筆者による、アメリカの多様な黒人女性たちへのインタビュー集。

子どもの頃から「まっくろけのジャニス」と呼ばれ、のけ者にされてきて、自分でも黒くて痩せっぽちで醜いと思ってきたジャニス。
黒人の母とイタリア人の父の間に生まれ、黒人からも白人からも侮辱されてきたが、なにもかも自分が悪いのだと思い込んできたブレンダ。
母が死んだあと父に家から追い出され、

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『戦争の記憶~コロンビア大学特別講義 学生との対話』キャロル・グラック

『戦争の記憶~コロンビア大学特別講義 学生との対話』キャロル・グラック

今日は終戦記念日ですが‥‥

「第二次世界大戦はいつ始まりましたか?」という質問に対する答えは、国によってさまざまなのだそうです。(※)

たとえば、

・ロシア → 1941年6月22日 ナチスが協定を破棄してソ連に侵攻したとき
・ノルウェー → 1940年4月、ナチスによるノルウェー侵攻
・フランス → 1940年5月、ナチスによるフランス侵攻
・香港 → 1941年12月、日本による香港侵攻

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