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【物語・オランダ】この幸福がどうか消えませんようにと、私は心のなかで祈った。

  • 今日の旅先:オランダ

  • 今日の料理:ヒイカと菜花のオレッキエッテ、胡桃のトマトサラダ柘榴のソース、レモン風味のローストチキン

びっくりするくらいCの歩みは速かった。
トラムを降りて、雑踏の中を、見知った後ろ姿だけを見失わないように、私は歩いた。息が弾む。その小柄な背中は、その姿からは想像がつかないほどしっかりとした足取りで、軽快に人混みを縫って歩いてゆく。

ここは移民街だから、行き交う人の顔ぶれも様々で、色とりどりだ。伝統柄の長い上着を着た恰幅の良い紳士の腕には、金色の時計が光る。きっちりと黒いスカーフを纏った若い女性たちのグループは、一様に同じようなコートを着込んでいて、みんな姉妹みたいに見える。その時、掌の中に持った何かを売るべく、通行人に声をかけ歩いている青年が、私を見とめてなにか見知らぬ言語で呟いた。やたらと眼光だけが鋭い、痩せた男だ。私は歩調を緩めずに、その傍らを足早に過ぎる。

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