見出し画像

休日の朝、メルジメッキ・チョルバスを煮るという安堵

また、冬が来る。

アゼルバイジャン、ゲベレ郡。城塞の遺跡を探して迷っていたら、羊飼いのおじさんが声をかけてくれた。

私は、11月生まれなせいか、寒さにはめっぽう強い。(ちなみに北海道では11月はもう冬だ。)普段、夏が好きとか言って格好をつけているけれど、秋が深まって木々が真紅や黄金色に色づいてくると、その実、心がほっとする。温かいジャケットやセーターを出しながら、しめしめと思う。冬が、来るのだ。

バクーの冬は、雨の季節。乾いて暑い夏が終わると、次第に風の日や雨の日が増えてくる。そして本格的に冬になると、毎日のようにびゅうびゅうと風が吹いて、ざあざあと雨が降るものだから、なかなかに堪らない。それでも、稀にきりっと晴れるつめたい朝は、格別に気分がいいし、しとしとと冷たく雨の降る薄暗い午後には、肺が優しく湿るような安堵に包まれて、私は機嫌がいい。

村の外れには、古い廟が残っている。

ヨーロッパ北部にも長く暮らしたから、私は冬の暗さにも慣れている。蝋燭を灯したり、スパイスの入ったお茶を飲んだり、香油を焚いたり、五感をくまなく活用するような、そんな工夫をして、かの地の人々は暗く長い冬の夜を楽しむことを知った。

でも私は、永夜よりもまだ暗い朝が好きだ。清少納言が書いたように、冬の早朝(つとめて)にはとくべつな風情がある。冬になるとバクーでは、朝8時位に日が昇り、日没は17時位になる。なので私の起きる朝6時は、まだ暗く、夜の中だ。何よりもまず、お湯を沸かしてティーポットにたっぷりとお茶を作り、いつものマグと小さな魔法瓶に注ぐ。残りのお茶は、アゼルバイジャン式にとろ火にかけておいて濃く煮出し、飲むときには、チャイグラスにその濃い茶を少し注いだところに、熱い湯を足して好みに調整する。そうすると独特の薫り高い茶ができる。

寒くなると、煮込み料理が楽しい。食べるのも、作るのさえも。スープ鍋を火にかけておいて、そのおいしい湯気を吸いながら、台所の小さなテーブルで、私は書き物をしたり読書をしたりする、ちょうど今みたいに。そんな時間が、とても好きだ。折しも外は雨、台所の掃き出し窓からは、強風に煽られ、むずがるようにうねる木々が見える。そうだ、私は、ここにいていいのだ。ふとそんな思いが湧いて安堵する、この暖かな場所で。

ここから先は

1,578字 / 3画像
この記事のみ ¥ 100

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?