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「要するに〇〇でしょ」の落とし穴

キングコング西野さんの記事「労働量・クオリティは給料に響かない。キンコン西野が「ジュース」と「サンマ」で解説」に関して、経済学に馴染みがある人にとっては、「これって需要と供給の話をわかりやすく説明しているだけでしょ」となりがちです。

経済学の知識がもう少しある人の場合は、例えば、次のように考えるかもしれません。

モノの価値が労働で決まるというのは、労働価値説で、この労働価値説は100年以上前に経済学では批判されている。マルクス経済学の限界の一つは、労働価値説をベースにしている点にある。この労働価値説の限界を乗り切ったのが、いわゆる限界革命で、この「限界」という概念から、需要と供給でモノの値段が決まることが示された。これはモノだけでなく、労働も金融も同じ。さらに需要と供給で決まる価格は短期か長期かでも変わってくる。フレームワークに乗せると、この短期と長期での価格調整の考え方の違いが、新古典派とケインズ経済学の違いとなる。

上記のことが頭に一瞬よぎったのですが、同時に反省もしました。これは思考を深めているように見せて、実はまったく思考を深めていないと。

思考のレベルの4段階

山口周さんが書かれた「ニュータイプの時代」では、U理論を用いて思考の段階を4つのレベルがあることを紹介しています。すなわち以下の4つです。
・レベル1 自分の枠内の視点で考える
・レベル2 視点が自分と周辺の境界にある
・レベル3 自分の外に視点がある
・レベル4 自由な視点
このことを踏まえた上で、山口さんは以下の指摘をされています。 

これらの4段階のコミュニケーションレベルのうち、「要するに○○でしょ」とまとめるのは、最も浅い聞き方である「レベル1:ダウンローディング」に過ぎないということがわかります。
 このような聞き方では、聞き手はこれまでの枠組みから脱する機会を得ることができません。より深いコミュニケーションによって、相手との対話から深い気づきや創造的な発見・生成を起こすことは、「要するに○○だ」とパターン認識し、自分の知っている過去のデータと照合することを戒めないといけないのです。

キングコング西野さんの話を読んで、「要するに需要と供給のことでしょ」って考えることは、まさに私自身がしたことではありますが、レベル1に過ぎないと感じました。上記の労働価値説のくだりも高尚な議論に見えていても結局は基本レベル1を脱していません。

速い思考と遅い思考

この点に直感の危うさがあると思っています。行動経済学では、速い思考をヒューリスティックと表現しています。ヒューリスティックは便利な一方、エラーも多いです。何より自分の思考の枠組みを脱さないケースが多い。ダニエルカーネマンは、「ファースト&スロー」にて、この速い思考をシステム1と命名しました。

他方、スローな思考、すなわち熟考をシステム2と名付けています。達人や専門家と呼ばれている人の思考様式は、システム1の速い思考であたりをつけてその後、システム2の熟考を通じて、改めて思考を整理する傾向があると言われています。実際、プロ棋士の羽生さんの本を読んでいると、一手を考えるのに数時間かける時もこのような思考、すなわち初見で三点ぐらいまでに絞り残り時間は熟考を通じて再検討しているようなっていることがわかります。

この段階にいって初めてU理論で言うレベル2に行けることになるのではないでしょうか。

加えて、スローな思考を鍛えることで、速い思考が鍛えられることもダニエルカーネマンは指摘しています。例えば、将棋のプロ棋士が思いつく直感的な手と素人が考える直感的な手では、精度が違うのは明らかです。

レベル1の思考を超えるためには

現代はインターネットを通じて未だ嘗てないぐらい情報が溢れるようになっています。そのような時に、速い思考である直感、システム1だけに頼ってしまうのは危険です。何故ならば繰り返しになりますが、ヒューリスティックにはエラーも多く、またレベル1を脱さないことが多いからです。

同時に逆説的ですが、情報が溢れているからこそ速い思考である直感もまた大事であり、それ以上に重要なのはこの直感を熟考や様々な経験を通じて鍛えることです。

上記を踏まえて、改めて西野さんの記事を読んで見ると別の世界が見えてきました。まず何より圧倒的なわかりやすさ。読んでいて身近なので頭にすっと入ってきます。需要と供給といった概念の説明すら不要です。

さらに、山の上で売られているジュースが高いことに関して、輸送コストが高いという説明について、ドローンで運べば安くなるのかと言う思考実験を行うとともに、そうしたとしても山の上で売られているジュースは安くならないであろうこと説得力ある形で説明していること。

つまり、コストと価格は比例しないことをドローンというテクノロジーを例に出すことで納得感のある形で解説しています。これは、深夜のタクシーが高い理由について、代替となる交通手段がないため、高くできることと似ていますが、ドローンを例に出すことで若い人達により刺さる表現を使っています。

需要と供給の話は経済学の本を読めばそれこそ一番最初、場合によっては1ページ目に出てくる内容です。この話をするだけでは何の新しさもなく、実際問題需要と供給の話は多くの人に手触り感を持って伝わっていません。

この点をキングコング西野さんは「需要と供給」という概念を使わずに、わかりやすく説明しているところに本記事の価値があるのではないかと感じました。たぶん、こう考えるぐらいでもまだレベル2ぐらいでしょうか。

ちなみに、レベル4は具体的には「何か大きなものと繋がった感覚を得る。理論の積み上げではなく、今まで生きてきた体験、知識が全部つながったような知覚をする」となっています。

この記事が多くの読者に支持を得ているとしたら、「需要と供給」といった借り物の知識を使っているのではなく、世の中を自由な視点で見た上で今までの体験と知識を使って西野さんが説明をしているからなのかもしれません。

学びがあるということは「要するに○○でしょ」というレベル1の視点を超えるということだと気付かされた記事でした。

そして、レベル2以上にいくヒントとしては、アート的な思考や美意識が重要ということなのではと、改めて腹落ちしてきました。

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