ばあちゃんの告別式

僕は、人が亡くなったときに、泣いた事がない。

会社の上司、親戚のおじさん、おばさん、じいちゃん、ばあちゃん…

色んな人のお葬式や、告別式に参加したけれど

涙を流した事がない。

現実を受け入れられていない…という事だったのだと思う。

人が亡くなったときにも、またどこかで会える、という感覚があった。

不思議と、自然とそう思っていた。


自分の記憶の中で会えると思っていたり
自分が死んでからも、どこかで会えると思っていた。

輪廻転生とか
死後の世界とか

そういうものは信じていないのだけど

どこかで、つながっているんだろなぁ…と、何となくそう思っていたし、今でもそう思っている。

そんな僕が、ばあちゃんの告別式で、ふと泣きそうになった。

それは、火葬の前。

みんなで棺に花を入れてるとき。

ばあちゃんの娘である、おじさんやおばさん
それに、いとこ達も泣いていた。

僕は、その悲しみや寂しさの感情が分からなかった。

花を入れているときに、係の方が

「ご故人様との最後のときなので、しっかりお別れできますように、よろしければ、お顔やお身体にも触れてみてください。」と言った。

ばあちゃんの顔に触れてみた。

思っていた以上に、冷たかった

もうこれは、ばあちゃんじゃないんだな

形はばあちゃんだけど…もう、ばあちゃんはいないんだな

強烈な実感だった

そして、ばあちゃんの形をした身体ではなく

あたり周辺に視線をはしらせていた。

そこにばあちゃんがいるような気がした。

「みんな、そんなに悲しそうな顔をするんじゃないよぉ。こっちまで悲しくなっちまうよ…ありがとうねぇ。」

顔をクシャクシャにして、泣きそうになりながら、そんな事を言っているばあちゃんがいる気がした。

僕は、鼻の奥がツンとなり、目に涙がたまった。

抱っこしていた息子(2歳)が

「おばあちゃん、ねんねしてるねー」と言った。

僕は「そうだねぇ。」

と言いながら、泣きそうになっていた。

日常に戻り、ふと、この告別式を思い返す。

ばあちゃんがいたような気がしたのは、僕の思い込みだろう。

だけど、やっぱりばあちゃんはいる気がする。
僕らの事を見守ってくれていて、ケラケラと笑っている気がする。

だから僕は寂しくない。

ばあちゃんが顔をしかめる事のないように、背筋をシャンとして、堂々と生きていきたい(^^)

僕のミッション
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★居心地よく育ち合える場をつくること

★ゆるやかに生きるために、日々マジメに生きる
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ゴン太@居心地よく育ち合う場をつくりたい

子ども けん玉 コーヒー サラブレッド が大好きです。 新卒でSEに →4年6ヶ月で退職 →全児童対策事業→1年2ヶ月で退職 →学童保育→7年で退職 →保育園→2ヶ月で内定辞退 →学童保育 けん玉道3段。 ★ミッション 居心地よく育ち合える場をつくること

コメント2件

素敵なnote。じーんとしました✨
嬉しいコメントを、どうもありがとうございます!(^^)
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