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映画『鬼滅の刃』はアニメ映画のレベルを2段階引き上げた

昨日、鬼滅の刃の映画を見てきました。家族4人で言ったので、ノベルティの冊子は4冊あります。

報道されている通り公開開始からものすごい記録を出しています。

その辺りの話は別の人にお任せして、私はこの映画がどのくらいすごかったという部分を書きたいと思います。おそらくネタバレはほぼありません。(ほぼ原作通りなので、原作読んでる人にはネタバレも何もないですが)

鬼滅の刃はジャンプでも異端

まず、そもそも原作である漫画鬼滅の刃は既にジャンプでの連載が終了しています。それも人気絶頂、これから更なる展開も期待されていたのに、一番最初のBOSSが倒された時点で終了しています。これはジャンプ漫画としては異例です。ある記事では鬼滅の刃はジャンプ漫画の王道と表現されていますが、全然王道ではありません。異端です。

今年の3月に上記のような駄文を書いていますが、鬼舞辻無惨の親が中国大陸にいるとか、ひそかに分身が渡欧していたとかして、中国大陸編とかが開始されることなく連載を終了しています(私はコミックス派なので、最新刊の22巻までしか読んでいないので、本当のラストはまだ知りません。)

今回の映画は『劇場版「鬼滅の刃」 無限列車編』とあるように”無限列車編”です。テレビアニメとして放送された「鬼滅の刃」から続きで、無限列車に乗っている時だけを抜き出したストーリーの途中の話です。タイトルから類推されるように、今後、テレビか映画かは置いておいて、今後、○○編として結末までアニメ化されていくのでしょう。

主人公は煉獄杏寿郎

もちろん、鬼滅の刃の主人公は竈門炭治郎です。それは間違いありません。しかし、この無限列車編の主人公は煉獄さんです。

鬼滅の刃は登場人物の”想い”が大切に丁寧に描かれています。それは鬼殺隊だけでなく、敵である鬼についても鬼に至る過程、想い、理由が描かれています。
登場人物の過去を一人一人描くというのはジャンプで言えば「ワンピース」がその構成をとっていますが、それは”想い”ではなく、『過去の出来事』を(書いているので話があんなに長くなっている)書いています。

人の記憶というのはいい加減で勝手にストーリーを自分で作ったり、修正したり、過去の事実はどうであれ、”今”の自分の都合の良いように改変しています。多かれ少なかれ、老若男女、そんな自覚をもって我々は生きています。
この鬼滅の刃というお話は、そんな修正されている、忘れている(封印している)自分の記憶を、「ああ、そういえば、こう・だったなぁ」と思い出されてくれる物語です。それが”想い”です。しかも、それが自分の命の灯が消えかけているその時に、その”想い”に絞って描かれるのです。

もちろん、炭治朗の想いも描かれるのですが、この映画では圧倒的に煉獄さんなわけです。

映画から見る人にはわからないところですが、煉獄さんは当初、禰豆子をなんのためらいもなく、殺そうとしていました。それは禰豆子が鬼だからです。映画中、煉獄さんが禰豆子に言及するところが2か所ありますが、その変化が、煉獄杏寿郎という人の人となりを表しており、また、その人となりを理解するための”想い”の回想シーンなのです。

なので、この映画の主人公は煉獄杏寿郎なのです!

(この感じで行けば柱1人つき、1映画でしょうか?)

映像が素晴らしい

アニメ映画だと思って映画を見始めると、冒頭のシーンでびっくりします。実写!って。いや、本当に実写なのかもしれないですが、とてもアニメだとは思えない映像から始まります。そのリアルな映像からアニメ画までの移行が違和感なく、すーっと入っていきます。おそらく、映画を見ている人も、その映像の変化の中で、映画に引き込まれていくのだと思います。とても、映画とイントロとして素晴らしい。

中盤でもそんなシーンがあります。雪の森のシーンです。これも実写なのか?と思うくらいのリアリティです。もしかしたら、CGなのかもしれませんが、そのCGとアニメ部分のつながりが全く違和感がないです。

この映画はアニメとCGとのバランスがものすごいです。もう見事に融合していて、演出効果を何倍にも高めています。ともすれば、CGのにゅるにゅるしか感じとか、アニメにCGを組み込みしました!的な張りぼて感など一切なく、戦闘シーンでもエフェクトして、戦闘シーンの臨場感を高めています。

ただ綺麗でリアリティがあるというのではなく、その完成度は私も数多くのアニメや映画を見てきていますが、これまでの映画とは一線を画しています。マクロスのミサイルの弾道だとか、オネアミスの翼の崩壊シーンだとかと同じように今後のアニメの描かれ方が変わるんじゃないかな?と大げさに言えば、そんな感じです。

問題はこれが大ヒットアニメ映画(言い方が悪いですが)でおきたことです。すでに多くの人が見て、これからも多くに人が見るであろうアニメ映の映像水準がこのレベルだということは、後続のアニメ映画はそれ以下では全く評価されない可能性が高いです。もちろん、作品にもよるでしょうが、映像のクオリティが低いということは、それだけ没入感が下がることにつながり、それだけ作品自体の評価が下がることにもつながります。

日本刀と拳での戦闘シーンであれだけの映像表現を見せられた時、惑星も破壊してしまうだろうドラゴンボールや、自然災害すら使って戦闘をするワンピースなどはどんな表現を使って映像化するのでしょうか?下手な表現では、戦闘メインな映画なのにショボいねってなってしまうんではないかなと心配してしまいます。なので、この次に続く、アニメ映画は大変だなぁ、と。

音が凄い

音楽は言うに及ばず、エフェクト、SEもすごいです。似たようなことを言っていますが、臨場感、緊迫感、スピード感、打撃、斬撃の重さなど本当に良かった。1つ1つではなく、それが重なって、繋がって、無くなって、そういう総合のレベルが非常に高い。もちろん、1つ1つが素晴らしいのでしょうが、その融合度というか、バランスがとても高いレベルでまとまっているのです。

最近、酢飯の上に、生肉とうにとキャビアの乗せてすごいだろう!的な高い寿司を出す店とかがありますが、ただ高いものを乗っけました!的なものではなく(写真はイメージです。この寿司がどうかは知りません!)

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それぞれのいいとろこを足して引いて、シーンに合わせてとての絶妙な感じでバランスを調整している感じがしました。

熱量が凄い

なんでしょう?熱量が凄いです。戦闘シーンもそうなのですが、映画全体からでる熱量、”想い”が凄いです。静的なシーンでもそこに込められているエネルギーが凄いのです。

昨年、プロメアという映画がありました。(私も映画館で見ています。)

プロメアというのは「天元突破グレンラガン」「キルラキル」というハイテンションアニメの監督(どちらも見ていますし、グレンラガンは大好きなアニメの1つ)や声優陣(俳優も含む)の熱演、音楽も話題になって、とても熱量の高い作品として話題になり、何度も映画館に足を運ぶ人がでた人気の高いアニメ映画です。

比べることがおかしいのかもしれないのですが、この作品からでてくる熱量はプロメアすら軽く凌駕していると感じるくらいでした。(個人の感想です)

ハイテンションではなく、”想い”からあふれてくる静かだけれど、内に秘める感情の厚さ、そこから感じられる静的な熱と、もちろん戦闘シーンでの熱、そして戦闘終了後のあふれる感情からの熱。どこから取り出してもものすごい熱量を感じました。

すべてのバランスが凄い

映像、音、熱量と書いてきましたが、やはり一番すごいのは、そのそれぞれがものすごい高いレベルで組み合わさって、融合して、さらにその効果を高めているところだと思います。

正直、原作をしっているのでストーリーも結末もしっているわけです。大ヒット漫画、アニメの映画化なわけです。コロナで公開が延期されていて、正直、アニメの終了から公開まで間延びした作品であったわけです。

それでも、それでも見た人が感動し、高い評価を与える映画なのです。ハードルが高くなっている中で、その期待値レベルを超えてくるのは、その作品だけでなく、高いクオリティで作成された映画であると思います。

いや、本当によかった。今回は近くの映画館で観ましたが、もう1回、音が良い映画館で観たいと思っています。

1点だけ、マイナス点があるとすれば、長い!です。事前の知識がない人ではもしかしたら長くて飽きる人もいるのかな、と。なので、予習をしていけば大丈夫です!

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