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“旅で人生が変わる人もいる”と言う人は中身がセロなのです

はあちゅうさんが、Facebookでご自身のブログを投稿してました。

旅で人生が変わったとか言う人は中身がゼロなのです
http://lineblog.me/ha_chu/archives/56947577.html

そこのコメント欄で、こんな言葉たちが😨

「十人十色です。」

「総て型にはめて話す人間こそ中身がゼロだと思いますが……」

「これを書いた方は、きっととんでもなく偉くない(≒中身がゼロだ)からこそ、(掛け替えのない他人の経験を、自己の狭量な一般化に収められると勘違いしてしまうくらい)とんでもなく偉そうなんでしょうね。」

「なんで空っぽなんて言えるんだ?見たこと無い世界を見て人生観変わって何がおかしいのかな?てか旅したこと商売にしちゃってるやん(笑)」

「私は中身がゼロの人間を見たことがないです。仕事でも旅でも遊びでもいろんなことを受け入れて変化していくことは素晴らしいと思います。」

「自分がなかったからって、他の人にそんなことがないはずってなぜ言い切れる?この人の独善にはけっこううんざり。」

「あはは、やな奴!人生が変わったって変わんなかったってどっちでも良いじゃん!」

・・・サプラ〜イズ!!

この人たちは、地球マークの投稿だと、自分の名前入りで、そのコメントをたくさんの人たちに見られることを知っているのだろうか?

まぁそれは置いといて、Twitterでつぶやかれてた鈴木光司さんの言葉を思い出しました。

花は美しいというと「美しくない花もある」という人が出てくる。そのクレームを想定し「美しい花もあるが美しくない花もある」と書く。それはもはや言う必要のない文となる。全ての人が納得する文では表現にならない。勇気が必要なんだ。力をもらった。
https://twitter.com/makinoana/status/15623266248

「セブンのおでん最高!セブンイレブン以外コンビニと認めない」というつぶやきに対して「いやファミマもローソンもコンビニですけど…」的なコメントのラッシュが来たら、そりゃ疲れますわ。

もしかしたら、ヽ(`Д´#)ノ ムキー! ってなってしまう人は、事業や企画やらで、何かを決めた経験がないのかもしれません。事業や企画って、基本的にターゲットや機能を絞ることですよね。

「Twitterさ、ユーザーの投稿は140文字以内に絞ることにするわ」

「文字数は、十人十色です。」

「140文字という型にはめて話すあなたは中身がゼロだ……」

「これを考えたあなたは、きっととんでもなく偉くない(≒中身が140文字以内だ)からこそ、(掛け替えのない他人の文字表現を、140文字以内という自己の狭量な一般化に収められると勘違いしてしまうくらい)とんでもなく偉そうなんでしょうね。」

「なんで140文字以内がいいって言えるんだ?」

「私は140文字ですべてを語れる人間を見たことがないです。」

「自分が140文字以内がいいからって、他の人にそんなことがないはずってなぜ言い切れる?この人の独善にはけっこううんざり。」

「あはは、やな奴!140文字以内でも140文字以上でもどっちでも良いじゃん!」

人生が変わらないコメントや批判で、今日も世界はあふれていますね。

広告コピーも伝えることを絞ってつくることがほとんどじゃないかと。

「ぜんぶ雪のせいだ。」というコピーが「ぜんぶ雪のせいとは限りませんが、雪のせいである場合もあります。」というコピーに変わる世の中になりませんように。

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http://www.copywriter.co.jp/2007/

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