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社長の横に、アートディレクターを。あるいは、組織はなぜ「ロゴ」にこだわるべきなのか。

「たかがロゴひとつでそんなに高いの?」
「あんなシンプルなものすぐできるでしょ?」
「どうしてロゴにこだわるべきなの?」

そんな言葉をもらうことがある。それらは質問というより、疑問に近いものだ。とても複雑で本質的でややこしい疑問だ。広告業界で働き始めて10年、デザインの会社を経営して3年の自分も 「むむむ」と口ごもり、すぐに返答はできない。これに対する明快な答えを持っているデザイナーも少ないように思う。

クラウドソーシングに五万円も出せば、すぐに100案くらい集まる世の中だ。検索すればそれらしいサービスはわんさかでてくる。そんな時代に、わざわざ「いいデザイナー」に「いいロゴ」を「高いお金を払って」つくってもらう必要があるだろうか。便宜的に「ロゴ一つで100万円は高いのか?」という問いにしてみる。

さて、「ロゴ一つで100万円」は高いだろうか?

僕がロゴの議論をするときに、いつも例にあげるロゴがある。大好きなロゴだ。

これだ。たったこれだけ。斜めの線?そうBackslashをおいただけ。このロゴマークがどこの企業のものか解るひとは、広告業界/デザイン業界のひとだけだと思う。正解は、TBWA \ HAKUHODO のロゴマークだ。TBWAというグローバルの広告会社と、HAKUHODOが共同出資で設立した企業であり、AppleやAdidasやハーゲンダッツや日産などの広告制作を手がけ、国内でもっともクリエイティビティが高い企業のひとつとされている。

この企業のキーコンセプトに「DISRUPTION(創造的破壊)」という言葉がある。既存の概念や常識をぶっ壊して、より良いものを創造するという思想と姿勢だ。このBackslash( Reverse solidus とも言う)は、「逆」の象徴であり、DISRUPTION の思想をミニマムな形状で表現している。

さらにこのロゴを使ったWEBサイトが面白い。Blackslashの角度に合わせて、サイト全体が斜めになっている。はっきり言って読み辛い。でも「見やすさ」という当たり前さえも捨てさり、ありえないオリジナルな表現を生み出している。


いいロゴとは何か?


いいロゴは、「最小の形状」で、「最大の情報」を伝達する。
いいロゴは、繊細で美しくも、力強さと存在感を併せ持つ。
いいロゴは、組織のカルチャーやビジョンの結晶である。
いいロゴは、組織の活動をより加速させ、拡大することを手伝う。

いいロゴは、最高のレバレッジをうみだす。なぜならロゴは組織活動すべての源流となるからだ。ロゴひとつで、内部外部を問わず、思想を伝達することができる。ロゴがよいと、全体のデザインがよくなる。デザインがよくなるとブランド力が高まる。ブランド力が高まれば、経営のあらゆる面で成功確率があがる。しつこいようだが、ロゴはその源流にあたる。醜悪なロゴからは、ほぼ間違いなく醜悪なデザインしか生まれない。

さて、ここで大きな問題にぶちあたる。「いいロゴのことはわかった。じゃあそれを作れるデザイナーはいったいどこにいるんだい?」と。この疑問ももっともであり、ここでまた口ごもることになる。いいロゴづくりは、言うは易し、作るはとても難しい。

いいデザイナーには実にたくさんの能力が求められる。
深くクライアントとコミュニケーションする会話力を有し、ビジネスモデルやビジョンを正確に把握する知恵や思考力(知力)をもち、それをミニマムで美しい形状に落とし込む技術力があり、社会的な汎用性や長期性を想定する想像力をもつ。

いいデザイナーは、いいコンサルタントであり、手を動かす前に「何をデザインするべきなのか」を正確に本質的に判断できるデザイナーである。

残念なことに、そんなことができるデザイナーは一握りだ。日本に300人いればいいのではないかと思う。佐藤可士和さんや原研哉さんや服部一成さんや大貫卓也さんや佐野研二郎さんのような、名の知られた人たちはそのハードルを超えた人たちであるが、彼らに頼んだら「100万円」では済まないだろう。しかしそれはとても健全な値付けだと僕は思う。

社長の横に、アートディレクターを。

「社長の横に、アートディレクターを」というコピーは、ソフトバンクや「そうだ 京都、行こう」のキャンペーンを生み出した佐々木宏さんが書いたものだ(彼はオリンピックの閉会式のCreative Directorでもある)。この言葉が世にでたとき、僕は心の底でうなずいた。しかし現実における実現はまだまだ遠い。それに対応できるデザイナーは少なく、社会認識もまだまだ追いついていない。

同時に、選ぶ側の「経営者」たちは、もっと美意識と審美眼を持たなければならない。「わたしはデザインのことがわからないんで」という経営者がたまにいるが、これはNGワードだと思う。それは美意識の放棄だ。しかし実際、美意識を放棄している経営者が少なくない。そんな人たちは、「世界のエリートはなぜ美意識を鍛えるのか」をぜひ読んでみてほしいと思う。


最後に、TBWA HAKUHODOのBackslash ロゴに戻る。

このロゴはただの斜めの線だ。こんなの誰でもつくれる?ただBackslashをおいただけ? 僕は全力で声を大にして「ノー」だと言いたい。このロゴはミニマムに思想を体現したロゴの最高峰であり、並大抵の思想からは生まれないものだ。この「ロゴ一つに100万円」をかける価値があるだろうか?イエス。膨大な文脈の結晶であるこのロゴは、100万円では安すぎる。

結局のところ「いいロゴ」をつくれる「いいデザイナー」には100万円を払う価値は十分にある、と僕は声をあげる。それがこの文章の目的だ。ただ、いいデザイナーでも必ずいいロゴが生まれるかどうかはわからない。成功までの道のりには、あまりに多くの複雑なファクターで溢れている。

最後に、日本のデザイン界を牽引してきた原研哉さんの言葉を引用して終わろうと思う。

世界は美意識で競い合ってこそ豊かになる。

そう、結局のところ目指すべき世界は「美意識で競い合う世界」だ。ロゴを引き合いに出したが、書きたかったことはこれにつきる。

経営者はより美意識を磨き、デザイナーはより社会の仕組み(経済やテクノロジー)を理解しなくてはならない。経営者とデザイナーがもっと近づき、高い次元で融合していくことがより求められていく。これから先の日本社会の豊かさは、そこにかかっていると言っても過言ではない。

美意識の高い組織がより多く生まれることで、社会は世界はもっと豊かになっていく。そう信じて、仕事に取り組むととともに、啓蒙活動の一旦を担っていきたいと思います。

株式会社カラス/文鳥社
牧野圭太

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