Service Design Global Conference19@Toronto:Day2雑感

先日私的解釈を書いたSDN会員限定のメンバーデイとメインカンファレンスのDay1に続き、Service Design Global Conferenceの最終日となるDay2においても非常に示唆深い観点が得られた。

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前回の寄稿に続き、私的かつ大きな捉え方をするとしたらDay2の主なイシューは”TRUST”になるのかもしれない。
冒頭のキーノートではCapital OneのConversational AI Design and Integrated Experiences(そもそもこのような領域管掌の上級職が存在することが驚きである)の責任者であるSteph Hayがその名も”'Designing for Trust”という演題で、企業が顧客や生活者との信頼を基軸としたサービスデザインを行うために必要なことはなにか?について話題提供してくれた。

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Stephは、かの有名なセサミストリートが子どもたちの心を掴むべく、バックグラウンドでどのような工夫がなされていたのかというエピソードを枕詞にしながら、ひとびとの信頼を基盤に据えた関係性のデザインを行うために、

・人々とのつながりを構築するための、多様性のあるチームへの権限委譲
・人々とのつながりを構築するため、きちんとしたまがい物ではない関係のデザイン
・人々とのつながりを構築するための、テクノロジーの活用

これら3つのクライテリアをサイクルさせることの重要性を提唱。

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信頼をデザインするために、人々との感情(emotion)を尊重し包み込まなければならないことを強く主張した。
金融機関として現代社会における「信用」という価値においては非常に重要な意味と役割をもつ「お金」が顧客との媒介であるCapital Oneにとって、この点はお金にまつわる人々との関わり方が社会のデジタル化などの背景によってますます複雑性を増す環境の中で、よりサービス体験としての提供価値の質を高めていくべき課題であるのであろう。
そこでCapital Oneはオンラインバンキングを中心とした金融サービス体験において、Enoという人工知能を活用したインスタンスアシスタントサービスをリリースした。

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Enoは、SiriのようないわゆるChatbotサービスではあるが、Enoが重要にするのは”emotion”であることがユニークな点である。
その姿勢を、Stephは”Money is transaction, People is emotion.”という言葉で象徴的に表現した。
お金にまつわる取引行為やサービス利用は確かにあくまで金融価値の移動に過ぎない。しかし、お金を扱うひと、お金に関わるひとにとってそれらの行為は単なる取引行為(transaction)ではなく、論理的に説明できない価値観も含めた感情の動き(emotion)なのである。
AIを用いて、大量のデータを元に「正しい」結果や情報を提供することも重要ではあるが、それ以上にお金という得体の知れない魔物を扱う行為において、「情緒的にしっくりくる」サービス体験を提供することこそに顧客は価値を感じるのである。
そのような本来人間しかできなかったような”柔らかい”情報処理を、感情にフォーカスをあてた人工知能が行おうとしている、という点に非常にこれからの関係性のデザインにおける可能性を感じるとともに、そのような変化の中で人間は何を行うべきか?という不安も頭をよぎった。
余談ではあるが、このEnoを含む情緒性を重要に据えた施策の評価を行う指標としてCapital Oneでは、”I LOVE YOU Metrics”という実に人間臭い指標を設定しているようだ。詳細は割愛するが、例えば顧客がEnoとのやりとりにおいて入力するテキストについて、どのような文面、どのような絵文字が重なるとより顧客の”I LOVE YOU”度が高いとみなせるか?という観点で情報構造の定義を行うような方法だ。
人工知能による文脈的データ分析・解釈のレベルが向上すればするほど、その人工知能が向き合う”ひと”にとって「正しい」ことだけでなく「しっくりくる」インタラクションがデザインされないと、もはや信頼に足るサービスであり企業であるという十分な価値評価を顧客から得られれなくなっていくであろう。

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次に、注目したいのはdesignitでGlobal Future Lab.を率いているLasse Underbjergによる”Trusting Invisibility: Designing Futures We Can’t See or Even Understand”という演題だ。

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タイトルどおり、まだ見たことも理解することもできない未来をデザインするために、「目に見えないものを信じられる」状態をどうつくっていくべきか?という、非常に未来的な話題提供だった。
彼にとって、まだないもの、目に見えない未来に対する信頼を模索する上で重要なことは「つくること」である、とう提言がなされた。
この観点は前回書いたメンバーズイベントおよびDay1の中で議論された話題の中の(従来的、表層的な意味での)「人間中心デザイン」や「デザイン思考」へのクリティカルなカウンターアプローチにも通ずるもので、事実根拠以上にカルチュラルプローブを重要視したデザイン・リサーチ的な探索・模索によって得られる仮説を大切に扱い、課題解決的な姿勢だけでなくスペキュラティブな姿勢によるアイデア創出を尊重し、テクノロジーを最大限活用し形にしてみる、というアプローチである。

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その上で、「信用」をつくっていくことは、人々から信頼されることをする、という受動的姿勢だけでなく、何を信頼してほしいと考えるかという「意図・意志」が今後より重要性を増すと主張している。

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そのような強い「意図・意志」が結果的に新たな信頼関係性を生み出すのである、と提言している。
これは、人工知能や深層学習技術の急激な進化によってもたらされる闇の側面である「ディープフェイク」がますます増えてくるかもしれない今後の社会において、何を持って信頼の依拠とするか?が、ますます”ひと”そのものに向かうべきであるし、ひとを企業に置き換えるならば企業の人格自体がますます求められる、と言えるだろう。

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午後のセッションでは、LiveworkのAnne van Lierenが行動科学とデザインを橋渡しすることで、ひとの行動をよりよいものにするためにどのようにデザインが貢献ができるか?という考え方を、いわゆる、ひとがついついそうしてしまう習性を利用して思いのままに行動を操る「ナッジ理論(Nudge Theory」をデザインプロセスに展開する持論を提供しつつ、結果的にひと(顧客)にとっても、社会(企業)にとってもよい状態をデザインする取り組みをいくつかのケーススタディを交えて話題提供した。



ひとには直感的かつ無意識に行動を発動するモードと、理性的かつ意図的な判斷を行うモードの2つがあり、往々にして多くの判斷は前者のモードが瞬間的に下していることが多い。その「直感的かつ無意識な」判斷モードを活用するいわゆる行動経済学的な知見をデザインに織り込んでいこう、という取り組みである。

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紹介されたケーススタディでは、鉄道会社が乗越しなどによる罰則運賃の徴収に関する顧客の不満を減らすための施策や、保険会社に請求されるいわゆる詐欺的な損害保障請求を減らすことを、上述のような”ひとの習性”をうまく活用したデザインによって実現している事例が紹介された。

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このような取り組みで行う主要なキーポイントを原則化すると、

1.無意識下に影響を与える行動習性を捉える
2.時間軸、行動接点において上記1の要素を強める
3.それらの習性要素を踏まえて(行動を)適正にするために必要な介入をデザインしプロトタイプに実装する

という3つになるとAnneは定義した。

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行動科学の観点から科学的に「ひとを動かす」行為をデザインが行うことは面白くもあり、合理的にも思えるが、反面昨今声を上げ始めている「デザインにおける倫理」という対岸の観点から見てみると手放しには歓迎しづらい面もあるように思えた。
合理性や効率性、そして”正しいことを正しくできる(させる)”ように物事のあり方を考える「人間中心(Human Centered)」的介入(intervention)のみならず、正しくないかもしれないが豊かであることを促す「人間性中心(Humanity Centered)」的支援(empowerment)についても、これからの社会とひとを取り巻く環境の質を上げていくうえで、サービスデザイナーが考える領域ではないか?と感じた。

信頼されるに値する基準がすでに存在していて、その基準を満たすためになにかが行われるという絶対的な価値論理から、信頼の定義は相対的で流動的であり、互いに関わり合いながら関係性を生み出していく行為によって信頼が形成されていくというあり方が、未来の信頼のあり方ではないか。
そのような潮流の中で、信頼をつくりだす価値創出活動にサービスデザイナーはどのように貢献すべきか?についての問題提起が行われた1日であったように感じられた。

今年もメンバーデイを含めて3日間の濃密なインプットと議論の機会を得ることができた。
同じく日本から参加したある方がおっしゃっていたことがあって、それは毎年このカンファレンスに参加していると得られる2つの得難い価値がある、ということ。
ひとつには、単年でなく数年をを俯瞰的に捉えると、サービスデザインおよびサービスデザイナーに期待されることの変化=社会の変化や課題を多面的に捉えることができる。
ふたつめは、1年間自身がサービスデザインの現場で試行錯誤しながら重要に考えていること、確証はないながらも自身が今後やっていくべきだと信じて模索していること、の答えあわせができる、という2点だ。
デザインという領域が一部のデザイナーだけのものではなく、より多くの異質な領域同士が横断・融合してイノベーションを生んでいく媒介になっていくよう、サービスデザイナーはこれまで以上に橋渡しをする役割(Building Bridge)として貢献できるという確信を新たにしたトロント滞在となった。

来年はコペンハーゲンでのカンファレンス開催が決定している。
これから1年、各々がデザインの現場で取り組んだことを、また世界中の仲間たちと議論・共有できることを楽しみにして一層研究と実務の両面に励みたい。

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来年もたくさんのサービスデザイン仲間たちとの出会いと交流が生まれますよう。


#sdgc19 #sdn #sdnj

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