人間にカエル



早起きがとても苦手だ。今日はなんと予定より1時間もオーバーしてた。枕元に置いてあるスマホ。ここから流れる音楽は実家の母と同じぐらいタフで優しくて、毎朝10分置きに私を起こしてはくれるが、残念ながら、この都合のいい耳には届きにくいようだ。カーテンをシャっと鳴らし、私の脳みそよりずっと前に動き始めている街を見て後悔する。
メガネをかけたところでようやく1日がスタート。毎度のことだが、それまでぼやっとしか見えてなかったものをくっきり、細かく映してくれるこの装置にはびっくりしてしまう。水中でも地上でも呼吸ができるカエルが見る世界も似た感じだろうか。そんなことは人間の私にわかるはずないけど、
” 朝の私は2つの世界を見ることができるのだ!” 
ちょっとうれしいカエルの仲間入り。壁に貼ってある友達との写真は今日もちゃんと笑ってる。



が、私はふと気づいてしまった。
水の中でも地上にいるときと同じように暮らす彼らと違い、私はどうだろう。このレンズを通さなければ、好きなテレビ番組も街の看板や地図も、大事な人の表情すら見る事が出来ない。遠くから私を呼んでいるあの人は〇〇さんかな。いや、△△さんにも見える。あの人に、どういう返事をすればいいかもわからない。人間の私はえら呼吸ができないうえに地上に上がっても、レンズ2枚がないと生活出来ない。カラダひとつで両方の世界を行き来できるカエルさんとは全然違う。
高校1年生の夏。
あの頃から私は、もうカエルにはなれないのだ。
あぁそうえいば、このすごい装置をはじめて手にいれたときもそうだった。
景色をはっきり見せてくれると同時に、私の肌が緑ではなく、薄く黄味がかった色をしていることまで知ったとき、ちょっとだけ悲しかった。だから私は、その日からあまり日焼け止めを塗らないようになった。
”緑色にはなれなくとも、このクリームパンみたいな手をもっともっと焦がして茶色くするんだ”
カエルさんは干からびて死んじゃうけど、私はいくらだって太陽と仲良くなれる。これでおあいこじゃないかなぁ。

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