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【自己紹介No.4】 高橋 直也(組織開発・採用)

こんにちは。RELATIONSで組織開発や採用周りをやっている高橋直也(@NaoyaTaka)です!

RELATIONSのことを外の人にももっと知ってもらおう、ということで自己紹介noteをリレー形式で書いてるわけですが、自分にもバトンが回ってきたので張り切って自己紹介してみます!

1:経歴

私は生まれてから大学まで、ずっと神戸の山奥で過ごしてきました(大学時、1年間だけオーストラリアに逃避)。社会人になってからはほぼ東京にも関わらず、社内でも家庭でも関西弁が許される環境なので、一度会えば分かりますが、今もふつーに方言のまま喋ってます。

うちの会社のミッションは「ええ会社をつくる」という西のニオイがする表現になってまして、それを私はいつも関西弁で説明してるわけなんですが、心の中では「関西臭、キツ過ぎかな…」とちょっと不安になりながら話してます。東日本出身の方と会う時は特に。。

この機会に弁明しておきますが、ちゃんと全国各地からまんべんなく人が集まってますし、外国籍のメンバーもいるので、関西弁が苦手な方も敬遠しないでください!別にオチを求める風土とかはないのでご安心をw(じゃあ関西弁やめろよ、っていうのはナシ。)

仕事と関係ない話を少ししておくと、音楽が大好きです。ライブやフェスは今も頻繁に行きますし、音楽のルーツを海外旅行で辿るという少しマニアックなこともやってます。ロック、ブルース、ロックンロール、ジャズ、パンク、アイリッシュなど、好きな音楽の発祥の地はほぼ制覇

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(例えばここ。ブルースが生まれたクロスロード。分かる人には分かる。)

バンドも高校の頃からちょこちょこやってて、この数年は社内のメンバーとうちの嫁とでバンド(@poissons_desu)やってます。服とか身につけてるモノもだいたい音楽絡みのものなので、その辺りを触れてもらうと熱っぽく語りだすと思いますが、割とウザいと思うので安易に触れるのは辞めた方がいいです。

…この話は延々と続けてしまいそうな上、経歴じゃないことに気づいたので、自制して仕事の話に戻しますw

社会人になってからの経歴はこんな感じです。

2008年4月:ベンチャーリンクに新卒入社
・車販売のフランチャイズビジネスの加盟開発の営業(2ヶ月)
・鈑金修理フランチャイズビジネスの加盟開発の営業(6ヶ月)
・子会社に出向して携帯電話の営業(2ヶ月)

2009年1月:RELATIONSを創業
・兵庫の車販売業の企業に入り込んで事業立ち上げ支援(9ヶ月)
・コンサルティング事業Less is Plusの立ち上げ〜拡大(3年半)
・フィリピンで新規事業立ち上げに奔走。あえなく撤退(2年弱)
・CCOを名乗り出し、組織開発・採用など色々と(4年半~5年)

ほとんどがRELATIONSが始まってからの経験なので、そっちの話を中心にしていきます。

2:なぜRELATIONSを選んだのか

私はRELATIONSを選んだというか、前職で同じチームで働いていた上司や同僚と一緒に創業したわけなんですが、自分もそこに参画しようと思えたのは大きく2つありました。

1つ目は独立することが「正しいこと」だと思ったことと、2つ目は一緒にやるメンバーが自分がすごいなと思える人たちで、そっちの方が「面白そうだ」と思ったことです。

創業当時の話は他のブログで長谷川も話をしていますが、私たちは関西のある4社の企業に、事業立ち上げの支援を提供する前提である事業の権利を買っていただいていました。ただ私たちが勤めていた会社自体がリーマンショックなどの影響もあり、「約束していた立ち上げ支援を継続しない」という経営判断を取らざるを得ない状況になってしまいました。

私たちとしては、会社の経営判断に従って支援を諦めるか、独立して自分たちで支援を継続するかの二択となったわけです。当時の事業部長だった長谷川(今のRELATIONSの代表)が、お客さんの信頼を裏切りたくない一心で独立する意思を固めたと聞いて、私はそれが「正しいこと」だと思ったんです。そして一緒に起業しようとしていた先輩や同僚も刺激的な人たちだったので、そっちの方が絶対面白いと思って、自分も迷うことなく乗っかった感じです。

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RELATIONSへの参画を決めた帰り道で、一緒に意思決定をした同僚に「俺の人生、パンクになってきたなぁ。」と呟いたことは、今でも彼に言われ続けるので、もう消せない恥ずかしい過去です。。

就活時代に「新卒入社は3年で3割辞める」と聞いて「みんな根性ないんやなー」とか思ってましたが、こうして自分はまさか10ヶ月で辞めることになりましたw なので、早期離職をされた方も安心してRELATIONSの選考を受けにきてください!!私は理解ありますよw

3:RELATIONSでの業務内容

そんなこんなでドタバタで始まったRELATIONS。最初は4社に買っていただいた事業の立ち上げ支援をやるのみ、でした。最初はビジョンもビジネスアイデアもテクノロジーもへったくれもありませんw

私も買っていただいた事業にがっつり入り込んで、立ち上げ支援をやってました。兵庫にある車販売業のお客さんに半年くらい張り付いて何とか無事に売上も伸ばすことができました。支援先企業の従業員の方と営業に回ったり、サービスを改善したり、本業の中古車ディーラーの客引きとして土日にスーパーボールすくいをやったり。車のこと全然興味ない上に、筋金入りのペーパードライバーの自分が車屋さんの支援をよくやってたなーと思います…。

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(当時よく通っていた店舗。兵庫県小野市にありました。)

その後、企業のコスト改善を行うコンサルティング事業を立ち上げていくことになって、自分も初期メンバーとしてそちらに携わることになりました(これはLess is Plusの元となるサービスでした)。まだ実績も薄い20代の自分たちのことを心意気だけで買ってくれて、コンサルティングを導入してくれた最初の頃のお客さんには本当に感謝ですね。

私はコンサルタントとして3年半活動しましたが、ガソリンスタンド、スーパーマーケット、ドラッグストアなど、北は山形、南は鹿児島まで、いろんな企業の中に入り込ませていただきました。もちろん色んな失敗もしましたが、お客さんから感謝されること、信頼されることを肌でもって感じることができました。

個人的には廃棄物のコスト改善が一番面白く、その領域をとにかく掘りまくっていました。そのおかげで社内で付いたあだ名は「ゴミ王子」(←ほぼ悪口やん)。今はそのノウハウを深めてくれているもっと詳しいメンバーが社内にたくさんいるので、「初代ゴミ王子」という過去の人になっています。

そしてコンサルティング事業は他のメンバーに託して、私は何を思ったかフィリピンでの新規事業立ち上げを始めます。個人的に海外展開を強めたい意思があったのと、色々と縁があったので、周りを説得してやらせてもらいました。

とはいえ具体的な事業プランなどもない中で始まったので、まずはフィリピンの文化、生活、課題などを理解していくために、フィリピンの家庭に居候するところから始めました。

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(フィリピンの職場風景。。というか一般家庭の屋根裏でした。)

自分はどこでも寝れますし、現地の家庭料理も口に合ったので日常生活は問題なかったです。立派に育ったゴキブリがたくさんいたのは流石に微妙でしたが、「ゴキブリの退治数を月次目標に掲げて、日本に都度共有する」というゲーミフィケーションでなんとか乗り切っていました。

フィリピンではいくつか事業アイデアは試しましたが、最終的には現地のテクノロジーや商習慣に合わせて、紙やモバイルで求人情報をやりとりできる人材系サービスを展開していました。ただ成長著しい国で市場変化も早く、スタートアップシーンも盛り上がってきていて、難しい環境ではありました。トータル2年間、ほぼ独りで頑張ったんですが、将来性のある事業を創り出すことはできず撤退になったことは、今でも悔しさが滲む経験となっています。

私が今のように組織や人事領域をやるようになったのは、今から5年近く前です。当時のRELATIONSは30名を超え始めたタイミングでしたが、組織づくりや採用をみんなが片手間でやっていて、どれもが中途半端な状態でした。私がまだフィリピン中心の生活をしていた時に、組織に対する課題感が強まってきていると聞いて、自分の中で天秤にかけて、自分が帰国して組織にコミットすることにしました。

今は「ええ会社をつくる」にも通じるものがありますが、当時から「自分たちらしい組織や文化であろう」という考えが強くあって、私も制度や採用もそのための手段であると思っていたので、半ばイキオイでChief Culture Officer(=CCO)を名乗るようになりました

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(当時のオフィス。5年近く前。この椅子まだ使ってる。)

当時は全く何も整っていない組織だったので、重要そうなものから手当たり次第整えていきました。評価制度、等級制度、報酬制度、評価面談、ミッション・バリューの浸透、MVP、目標管理、360°フィードバック、1on1、全社会議、新卒採用、中途採用、エンゲージメント測定、ピアボーナス、就業規則、飲み会、魚の餌やり etc. (たぶん抜け漏れありますが…)

今も社内に存在する仕組みの基礎になるものをバーッと整備できたのはよかったんですが、1人でやろうとしていたことは良くなかったですね…。施策のクオリティが上げきれなかったものや、運用しきれず自然消滅したものも、恥ずかしながらけっこうありました。

逆にこの2年くらいは、色んなメンバーで分散しながら組織づくりをやる風土がかなり強まっていて、今自分がメインでやってるのが、評価制度、等級制度、報酬制度、評価面談、中途採用 etc.くらいまで絞られてます。

別に人数が増えたからそうなったわけではなく(当時30人→今50人なのでそんなに増えてない)、そういう自律的に課題に取り組む方針が浸透したからなんですよね。分散して施策を回しているおかげで当時とは比較にならないクオリティでどれも安定稼働していて、みんなすごいなーと思ってます。

CCOって肩書は「RELATIONSも組織や文化を大事にしていくんだぞ!」というスタンスを明確にする意味で当時は意味があったと思いますが、もう今のRELATIONSにはCCOは必要なさそうだなーと、もうだいぶ前から思ってました。ちょうどいい機会なので、ここで引退宣言してしまおうかな。

ということで、CCO辞めます。

また改めて「CCO退任エントリ」でも書いてみよかと。

今は組織や採用領域をメインにやっていますが、今後は正直どうなるかわかりません。ただ私の個人のミッションである「お互いに感謝しあい信頼しあえる関係を一つでも多く築く」という軸に重なる限り、職種や領域は問わずに、ロックにガンガン攻めていこうと思ってます。

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(自分のミッションは、ジョン・レノン的な世界観のイメージ。)

この夏からTwitter(@NaoyaTaka)をちゃんとやり出したので、よければnote(今後ちょこちょこ書く予定)と合わせてフォローお願いします。あと社内メンバー3人+私の嫁で組んでるバンドもFacebookTwitterでけっこう動いてるので、もし興味あれば。

4:次のバトンは…?

ということで次のバトンは、加藤燦(@kato_iwashi)です。

彼はRELATIONSに2016年に新卒入社してきたメンバーです。2つの新規事業の開発ディレクターを経て、今は新卒採用/エンジニア採用をメインにやってます。たった3年でこれだけの部門をたらい回sh…いや、マルチに活躍してきてるナイスガイです!週末寿司職人でもある彼の自己紹介をお楽しみに!

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高橋直也 | RELATIONS

RELATIONS㈱を共同創業→コンサル4年/海外で新規事業2年 →ここ4年は組織・採用周り。「ええ会社をつくる」を掲げて、メディア、コンサル、HR Tech等を展開。素敵な仲間と音楽と酒は活力源。公私ともにずっとロックして生きたい。思考の整理、つぶやきの延長で色々書いてみます。

RELATIONSのまんま

RELATIONS株式会社の公式ブログです。ありのままに、飾りません。気が向いたらRELATIONSの日常をチラ見してください。
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