ピアノコンサートの話。

先日、長崎の浦上天主堂というところでピアノのコンサートがあった。
アレクサンダー・ロマノフスキーというウクライナのピアニストさん。
33歳とお若くて(うちの吹奏楽団の指揮者と同い年じゃん!!)、なのにものすごいキャリアをお持ちの世界的なピアニスト。

という情報は、ほぼ当日に仕入れた。笑。音楽は大好きだがピアノには疎い。実はあんまりピアノ演奏に興味がなかったりする。自分自身が全然弾けない楽器だからかもしれない。
それでも行こうと思ったのは、ごめんなさい正直に言うとコンサートが無料だったから。県内でやってるプログラムの一環で、高校の生徒会が何校か集まって企画した演奏会なのだ。
なので、無料だし高校生の企画だし、と思って半分ナメて行ったら とんでもなかった。


ほんとうに、とんでもなかった。
とんでもないものを見てしまった。

これ、普通にやったら絶対1万円越える。
一曲目が半分も終わらないうちにそう思った。それくらいのレベルの方が目の前にいる、と思ってめちゃめちゃ緊張した。


音楽の全部がクリアに聴こえてくる。
フレーズの全部、和音の全部、大きな音も小さな音も、ほんとうに全部の音が聴こえるの。楽譜にそのまま起こせるんじゃないかって思えるくらい。
だからって それらが ばらばらな訳じゃなくて、すべてのバランスが完璧。っていうかもう すべてが完璧。
ピアノって平均律の楽器だから、厳密に言えば『完璧』にはならないはずなんだけど、その前提のほうが嘘じゃない?って思った。

表現力も語彙もなくて、変なたとえで申し訳ないんだけど、
「ノイズキャンセルとかバランス調整とか完璧に処理したハイレゾ音源を、ものすごくいいスピーカーで堪能している」
感じ。

それくらいの完璧な音楽が、今目の前で生まれているんですけど!!!  
こんなことが あっていいんですか!本当に!!!!

って、大人しく座っておきながら脳内は大興奮でした。

もうね、音が鳴るたび どきどきするの。

指先だけの動きですら音色の変化がすごい。手首の先からしか動いてないのに、何であんな繊細なタッチの使い分けができるんだろう。
だから肘とか肩とか もっと上の関節使うと、ほんとうに、今 楽器何台あるの?ってくらい。『ピアノフォルテ』って、本当にその名の通りなんですね。
特にpが、もう。もう本当に。繊細で柔らかくて美しすぎて、あのpにはもう、たった一音聴いただけで気付いたら恋してた。
静・緩の空気がすごかったです。切り替わるその瞬間に、一回一回、はっと させられる。大きい音や激しい音に惹きつけられるのは当たり前なんですけど、その逆は、滅多にないことです。
ほんとうに、あんなに恋するpは はじめて。どうやったらあんな音になるんだろう私もあんなpが弾きたい。


何がすごいって、この人の演奏、陽の光が動いてるんですよ。
よく「情景が浮かぶような演奏」って表現は聴くと思うんだけど、情景が見えるだけじゃないの。曲が進むってことは時間が進むってことで、そうすると陽の光だって動くんですよ。それが ぱっと鮮やかに分かるの。天窓のある真っ白い部屋で観察してるみたいに。
風景が見える演奏は聴いたことあるけど、光の動きまでこんなに緻密に克明に表現された演奏は 初めてでした。どうやったらそんなことできるんだ この人ほんとうに人間かな。天国と行き来してるんじゃないかな。神様に魂売ってないかな。



そしてこの演奏を聴いて、今まで思ってた『色彩豊か』が間違ってたってことに気付いた。
その形容で語られるものって、印象派の絵画みたいなものだと思ってたの。色数が多くて、そのどれもが明るかったり柔らかかったりとポジティブな印象を与える色で、お互いが混ざったりしないから何色かが はっきり分かって、みたいな。


それ違う!ぜんっぜん違う!!!!

だって、今目の前にある音には、綺麗な色から濁った色まで ありとあらゆる色がある。
しかも混ぜてる最中の色まである!
そして何色と何色を混ぜて何色を作ろうとしてるかが分かる!

それが ほんとうに『色彩豊か』ってことだ。
うわぁ、もう、なんか、私ピアニストじゃなくて良かったって思った。こんな演奏を目の当たりにしたら、自分の指ピアノの蓋で挟んで潰してしまいそう。



なんていうか、この人は『音楽そのもの』ではない。
でも『音楽そのもの』と繋がっている。さっき「天国と行き来してそう」って書いたけど、そんな感じで この人は音楽界と直接繋がってて、そこから流れてくるものを表している。自分を通っているのに、そこにかかる負荷も抵抗もゼロで、そのまま、あったままの姿を再現している。

この人は『完璧な部品』だ。
音楽を音楽にするため、全身全霊がそのためだけにある。
そのためだけに隅々までエネルギーを張り巡らせて、行き渡らせて、真摯に神経を届かせる。
素晴らしく純度の高い、完璧な部品。

それは私がずっとなりたいと思っていた姿だから、そんな人を知れたのが嬉しい。
現実に、その境地を実現できた人がいるというのは、自分が間違ってなかったんだっていう励みにもなった。

もちろん この方のレベルまで私が行けるわけではない。賭けている物が違う。
でもそんな世界の存在を感じて、広く遠い道を目指していくのは、それだけで幸せなことなのだ。

『完璧な部品』と言ったけど、だからといって本人の意思が介在してないわけではないと思う。『自分の感情や感覚』と『曲の感情や感覚』が、完璧に一致しているんじゃないだろうか。それだけ音楽や作曲者と深く繋がっているんじゃないだろうか。
曲の表したいものが そのまま自分の表したいもので、自分の表したいものが そのまま曲の表したいもの……というような。うまく言えないけど。
そこまで深く深く潜って、探って、わかりあってきたのだろう。と思う。
想像するだけで遠くて果てしなくて、途方もないことだ。



ピアニストって舞台では一人だから、淋しそうだし辛そうだなって思ってた。
でも違うんだろうな。一人だからこそ どこまでも深くなれるんだろうな。そして音楽のすべてと対話して、音楽のすべてを一身に浴びることができるんだろうな。
幸せな楽器だ。


1時間くらいのコンサートだったのだけど、そんなたくさんのことを教えてくれた演奏でした。
ほんとうに素晴らしかった。一生聴いていたかった。

っていう私の希望に応えるわけじゃないんだろうけど、アンコール3回もやってくれたの!
その気力と体力が!!!あんなに魂捧げた演奏をしておいて、まだ出来るんですか!!!!って ただただ驚嘆。

どの曲もすごかったけど、圧巻だったのはやっぱりメインの展覧会の絵。
どの曲も素敵で いっぺんで好きになったけど、いちばん好きだったのはアンコールの1曲目。だな。



私、音楽は神様からの預かり物だと思っていて。
だから傷をつけたり壊したりなんて絶対してはいけないし、美しく完璧なままの姿で再現しなくちゃいけない、だからそのために最高の部品として機能したい、と思っていて。

それをね、改めて思いました。
音楽の一部になりたい。音楽になりたい。


そんな演奏会でした。行ってよかった。
ピアノってこんなにすごい楽器だったんだ、ってことにも気付いたので、これからはピアノのコンサートにも行ってみたいです。
いろんなピアニストさんの演奏聴いてみたい。

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ピアノコンサートの話。

小李ちさと

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小李ちさと

a:kumoの じゆうちょう

すきなこと すきに かいていくよ。
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