見出し画像

南阿蘇

阿蘇には何回も行ったことがあるが、バードウォッチングをするようになってからは初めてだ。鳥見仲間から常々、一年中鳥の見られる南阿蘇ビジターセンターは良い所で、隣にある休暇村南阿蘇も便利とも聞いていた。また親切なバードウオッチングのボランティアガイドの方が毎朝八時から十時までセンター内を回っておられて、申し込めば同行できることも聞いていた。
昨年末長崎に住む友人と計画して、四月半ば宿を予約し、ボランティアガイドの方へも予約を入れておいた。三月に入り、JRのチケットを購入する時期になって、ちょうど友人のお兄さんが急な病で看病が必要になり、行けなくなったと連絡が入った。私も昨年夫が入院したことから、念のため長期の旅行は控えているが、せっかく計画したし、一泊なので予定通り行くことにした。宿をツインからシングルに変更した。

車窓からの風景

鹿児島から熊本は近いので、朝ゆっくり出発しても、午後二時前には到着する。新幹線から特急に乗り継ぎ、さらに南阿蘇鉄道に乗る。新幹線や特急の窓からの眺めは、春を迎えて新緑がきれいだ。車窓の人となると気分もゆったりして一気に旅気分になる。大きな川を渡るときはカモなどの鳥の姿が見える。

車窓からの風景

スピードが早くて何の鳥かは判別できない。一人旅になったので、初めての駅で数分間での乗り換えがうまくできるかは心配していた。JR立野駅で降りると、南阿蘇鉄道に乗り換える。幸いJR立野駅と南阿蘇鉄道の始発立野駅は隣接しており一分で乗り換えることができてほっとした。
南阿蘇鉄道立野駅のホームに立つと、JRの切符は出口の箱に入れてくださいと看板に書かれている。時計を見てあと数分あるからと、JRの駅に戻り切符の箱を探すがすぐには見つからない。仕方なく列車に乗り込むと、JRの切符をお持ちの方は降りるときに運転士へ渡してくださいとあり、ほっとした。

サニートレイン号

今度の列車は「ワンピース列車」だ、乗り鉄や鉄ちゃん達が、ホームに立って、列車の前から、横からカメラを構えている。私はしばらく前に乗り鉄の友人ができ、乗り込む前に撮影するのは聞いていたがまさにその通りだ。「ワンピース」は世界中で子供から大人までファンが大勢いる人気アニメだが、その作家尾田栄一郎氏は熊本市出身。そのためこの南阿蘇鉄道が八年前の地震で不通になり、ワンピース熊本復興プロジェクトの一環として、昨年五月にようやく全線運転再開を記念してコラボ列車このサニートレイン号が走るようになったそうだ。アニメに出てくる架空の船をモチーフにして造られている。側面には大きくキャラクターが描かれ車内随所にもいろんな工夫がある。天井のシーリングライトは主人公かがぶっている麦わら帽子になっている力の入れようだ。南阿蘇鉄道の駅は名前もユニークだ。阿蘇下田城、白水高原、阿蘇白川、南阿蘇白川水源、見晴台など。駅に温泉があったり、ロボットが迎えてくれたり、マスコットを持った方が出迎えて一緒に写真を撮れたりと歓迎ムード満載だ。たまたまこの列車に乗った私は驚いたが、車内から見る景色の美しさ、草原で草を食む牛、再建された大きなダムは見下ろす

立野ダム
再建された第一白川鉄橋

再建された大きなダムは見下ろすのが怖いほどの高さだ。圧巻は第一白川鉄橋で川からレールまでの高さが六十メートルあり、震災で甚大な損傷を受け数年かけてかけ替えられたものだ、深い谷にこんな大きな鉄橋が造れることに驚いたし、乗客の皆も窓から覗き込むほどだった。のんびりした風景と、再建された立派な鉄橋、再建された巨大なダム、またほとんどの駅舎は新築されたものだったし、震災の傷跡の深さに改めて驚き、来て良かったと改めて思った。出発前は南阿蘇鉄道が再開して、終点高森駅まで鉄道で行けるようになっていて良かったと思っているだけだったが、傷跡の深さを肌で感じることになった。
高森駅に到着。宿である休暇村南阿蘇から迎えの車が来ていて乗り込んだ。かつて車で通ったことのある山や草原を抜ける道路を進んで行くと到着だ。チェックイン時刻には早い二時前到着、すぐに荷物をフロントに預けて、双眼鏡とカメラを持って隣の南阿蘇ビジターセンターへ向かう。ホテルの前であまりの良い景色にカメラを構えた、遠くに阿蘇の山々を望み、ホテルの敷地内には遅咲きの八重桜が満開で、目に入る景色がすべて自然の緑に囲まれ

休暇村南阿蘇玄関からの風景
八重の桜

空気がとてもきれいだ。
隣接している南阿蘇ビジターセンターまで徒歩五分で到着。行く道々も自然の草花がほこっていて思わず笑顔になる。今ではこんな景色は住宅街では見られない。ビジターセンターで急いで一通り阿蘇の自然の展示を見て回ると早速出発だ。
明日のガイドツアーの予習を兼ねて野草園を軽く一周しよう。ここは五ヘクタールの広い敷地に、南阿蘇自然学習歩道が整備されていて、野草観察ゾーン、森林ゾーン、草原ゾーン、野鳥ゾーンに分かれている。素晴らしい場所

ゼンマイ

なのに誰もいずに鳥の声を聴きながらゆっくり歩き途中ベンチで休憩する。鳥の声は四方からまた空から降るように聴こえてくる。座って鳥の声のする方を注意深く見るが鳥を一羽も探すことはできない。阿蘇はまだ春の始めで、木々の葉もそれほど茂っていず、葉の間から空も見えている。これは明日のガイドツアーではかなり多くの鳥の写真が撮れそうだと嬉しくなる。休憩したベンチの周りにも名も知らない小さな植物が花をつけておりかわいらしい。

マムシグサ
マムシグサ

恐ろしげな名前のマムシグサが、濃い紫色の美しい姿でをあちこちに自生している。こんな風に咲いているんだなあと感慨深い。初めて見る緑色のもあり、これが紫色に変化していくのだと知る。自然そのままだが、あちこちに電気柵が張りめぐされているのに気が付いた。シカなどが植物の根まで食べてしまうのを防ぐためのようだ。野菜畑でもないのにシカの食料は相当少なくなっているのかもしれない。時折速足のウォーキングの人、一眼レフのカメラを提げた人に出会う。挨拶する人も、近くに見えても我関せずの人

森林ゾーン
森林ゾーン

もいる。森林ゾーンでは四方と天井を緑で覆われ、気持ちの良い森林浴をしながら奥へ進んで行く。ここでも必ずいるはずの声の主も一切見えない。さらに奥に進んで行くと野鳥のゾーンに着いた。ここは観察のための隙間のあいた大きな木の塀が設置されていた。先客のバーダーがカメラを向けている方へ、私も向けてみる。確かに高い木の上に鳥がいて、近くの木々を行ったり来たりしている。しかしコンパクトデジタルカメラでは姿をしっかりとらえられず断念。もうあきらめかけてはいたが、もう少し進むと開けた草原に出た。そこは周囲の木々が見渡せた。そして嬉しいことにカメラで撮れる距

シジュウカラ
シジュウカラ

離に、シジュウカラが一羽おり、時折移動するものの同じ木にとどまっている。十分だったか二十分だったか、逃げないでと祈るような気持ちで夢中で撮り続けた。何とか一種類だけでも撮れて良かった。ホテルのチェックインもできる時間になり部屋で一休みした。そのあと夕食まで、友人が勧めてくれたキャンプ場へ行ってみた。友人の言う通り朝になりキャンプ客が帰ってしまうと鳥たちの天下だ。ただ夕方なので数は少ない。キャンプ場は広くいくつかの区画に分かれているが、一つづつにエナガ、アカゲラ、モズ、ヤマセミ、シジュウカラと名付けられている。明日がいよいよ楽しみになる。帰り道、枝が道路にはみ出している木があった。数羽の小鳥が枝から枝へと飛びまわっている。一羽が道路に突き出た枝にとまった。急いでカメラを構える。

エナガ

これはエナガ、いつも飛びまわっていて、しかも高い所にいることが多く撮りにくい鳥だ。何枚か撮ったが一枚だけ後姿が、枝の向こうに写っていた。動く鳥は写すというより、何度かシャッターを切り、後から確認して撮れていたらラッキーと言う感じだ。初めてこのエナガを枝被りではあるが撮れて嬉しかった。
ホテルにもどると夕食だ。熊本の豊富な野菜や赤牛、ヤマメなどの名物のバイキングが用意されている。

阿蘇の山々を眺めながらの夕食

以前は家族連れが多いイメージだったが、最近は一人旅の人も多く、リラックスして食卓に着いた。早めの時間を指定していたので、窓際の阿蘇の山々を見える席へ案内され美味しくいただいた。夜は露天風呂を楽しんだ。そこにはお母さんと小さな娘さん、二組の先客があった。中国語らしき言葉が聴こえてきたので、晩上好ワンシャンハオと声かけてみた。二組とも台湾からの観光客で、一組は台北から熊本へ直行で、もう一組は台南から福岡経由でやってきたそうだ。この宿で知り合い翌日はバスで阿蘇観光だそうだ。ミニ国際交流ができて嬉しかった。
いよいよ翌朝は八時集合で鳥のガイドツアーに参加するので早めに就寝。天気予報は、だいぶ前からチェックしていたら雨から曇りに変わり安心していた。翌朝五時六時と目が覚めたが、曇り空、予報通りで良かったなと思っていると、その後小雨が降り始めた。そこへボランティアガイドの方より「あいにくの雨で中止せざるを得ません」とメールが届く。あわてて窓の外を見ると、小雨だが風が強く、横からの雨で傘をさすのも難しそうだ。さらに時間が近づくにつれ雨が強くなっていった。がっかりしているところに、再び「良かったらビジターセンターへ来られませんか?」とメールが届く。チェックアウトの準備をして、荷物はフロントに預け、ビジターセンターへ向かう。ボランティアガイドMさんは普段からビジターセンターの鳥を毎朝観察されFacebookに投稿されている。友人の紹介ですでに普段から拝見させていただいていたが、実際に会うのは初めてだった。ところがビジターセンターの季節ごとの鳥や、その数、飛来する時期などの資料を説明していただくうちにすっかり打ち解け初対面と言うことを忘れるほどだった。雨でガイドツアーが中止になったものの、昨日の鳥の声を聴きながらの森林浴が心地よく、春の野生の植物をたくさん見て、さらに朝はわざわざビジターセンターまで足を運んで説明してくださり、鳥撮りができなかったにもかかわらず、南阿蘇まで来たことに満足して帰路に就いた。駅で列車を待つ間に近くの八百屋で阿蘇で採れた名産の柑橘「不知火」を見かけ、味見してとても甘かったので五キロ大人買いし、重かったが持ち帰ってしばらく楽しんだ。
こうして楽しみにしていた鳥見の旅は鳥の写真はわずかしか撮れずに終わったが、一度行ったことで、またすぐ行けるという安心感と、心地よい阿蘇の自然の中を歩けたことで、思いがけずがっかりもせずに済んだ。Mさんへのお礼のメールの返信ではその後もすっきりしない天気が続いたとのこと。現場に足を運んだことでその後のFacebookへの投稿が一段と身近に感じられて、次回の訪問がより楽しみになった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?