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就労移行支援に対して思う疑問と働き方のこれから

 アスペルガー障害という診断が下ってから、私自身何度か就労移行支援の事務所に訪れたことがある。盛岡だとアイエスエフネットライフもそうだし、地域若者サポートステーションといったところである。そこで講習を体験したりもした。就職に向けてのトレーニングジムと考えれば決して悪いとは思わなかったのだが、
「その上でしっかりとした職業に就いたとしても、コミュニケーションの変化などで起きるトラブルやより安価なサービスの誕生などで事業を縮小したりする会社の事情で、10年20年と続けられないのではないだろうか?下手すれば半年で辞めることにもなるのではないか?」
「仮にも辞めさせられた場合にはうちにまたおいでということは簡単だが、再就職までの保障も取れるわけではない上に、就職口も地方だと多くない中でいつ決まるかどうかわからない不安の中で、2~7万の就労継続支援の収入の中で生活していくのか?」
とやりながら感じたので、この先の世界の仕事のあり方とかを見直したときに就職を目指すという発想は危険ではないかと思い、それを担当の職員さんに打ち明けて通うのをやめた。職員さんは「それでも就職を目指す方がいい。」と話していたが、当事者視点としての就職した先に継続して働き続けることの難しさ、また経営者視点として収支的やコミュニケーションなどの職場環境の良さなど様々な面を考慮した上での雇用し続けていくことの難しさを理解しているような表情ではなかったのが印象的だった。

 確かに日本は社会上の評価について、就職というのが大きなウエイトを持っているのが強いところがある。安定した賃金や福利厚生など安全に生きる保障までついてくるから、その上での人間的信用もできてくる。その上でのアドバイスとして、就職を目指すという就労以降支援の事業団体の見解も理解できなくはない。
 とはいえ、これからの時代は、これまで人間がやってきた仕事の多くをコンピュータや機械がやるようになったり、労働賃金の安い中国や東南アジアの人々、女性の社会進出などによって、就職という選択肢は一層厳しいものになる。ましてやPCで簡単にできるHP製作やブログ作成にしても、就職活動の厳しさに耐え切れなくなった人が参入したりすること、ランサーズに代表されるようにクラウドワークのサイトでも成約件数によってランク付けの制度ができてきたことによって、競争が激化し、それで起業しても生計が立てられなくなる可能性がある。アメリカ・デューク大学のキャシー・デヴィットソン氏が「2011年度にアメリカの小学校に入学した子どもたちの65%は、大学卒業時に今は存在していない職業に就くだろう」とニューヨーク・タイムス紙のインタビューで語ってから7年の月日が経過したが、日本全体を見る限りその対応はやっているところ、挑んでいるところは見受けられるものの、全体的に意識は薄かったり、従来のやり方や今ある職業の従事者を増やすことに固持してしまっているように感じる。
 そうした場合に、今の社会にない新しい職業を産み出していかないと、障害の有無を問わず仕事どころか生活ができない時代になってくると思うのだが、社会全体を通じてその危機感がなさ過ぎる。そう現在ある労働環境や産業にまつわる情勢の中で、「ちょっと障害があるんですけど、雇っていただけますかね?補助金も保障する法律もありますし、何かがあれば私たちがついています。」というサポートも添えて、障害者を雇っていきたいという企業や経営者さんは増えるだろうか?経営者的な視点に立ったときに、少なくとも私はそう思えないのだ。
 と同じくして、雇用される側に立って考えた場合に、日本国民全体として生涯を過ごしていく上での現行の雇用システムやライフスタイルのシステムに甘えすぎてやいないかとも思える。度を越していうなれば、システムがいき詰まりをみせてなおそのシステムのまま続けろという世間の視点の下でやっていったときに、経営者側に根性論で乗り切れといっているようなもののような気がする。これも思いやりが欠けているように感じる。
 さらにアスペルガー障害と診断された上で仕事を辞めさせられた経験からいうと、就職が決まって長く働く努力をしてきても、ちょっとした人間関係のトラブルや指示の解釈の違いが積み重なり、あっさり辞めさせられるということが多かった。そのため、上下や同等の位置を意識したチームや家族的な関係性よりも、少し距離を置いて雇われる側と対等の関係を意識してやっていくビジネスパートナー的な関係性の方が働きやすいのではないかと考えるようになった。今実際にやっているのだが、この距離感の方が仕事がバイトだったり雇われたりして働くよりも快適かつ緊張感を持って働き続けられている。もちろんこれは私個人の経験であって、全員が全員この発想で快適に生活や仕事ができるというわけではないことは言及しておく。

 人によってどうして職を失ったのか、どのような環境や関係性であれば能力を発揮しやすいか、状況や背景は違っている。その背景に応じた就労支援を心がけたいという思いは、どこの就労移行支援団体も一緒ではないかと思う。ところが、日本社会は労働者の育成や労働環境、人間関係の構築を画一的にやっていたために、そこから外れてしまった人のフォローまで考えていこうとしなかった。いや、むしろ、考えてい続けてはいるけれども、様々な面で及ばないことが多く、対応しきれなかったというのが現実だろう。そして現在もキャリアがうまく積むことのできない人がニートや無職となっていき、生活ができなくなっている現実が待ち構えている。
 そこで、仕事をしたくても仕事に就けない、就いたとしてもすぐにやめさせられる人にこそ、場合によっては起業、場合によっては誰もやっていない新しい商売を担っていくべきではないのだろうかと考えている。そして支援団体はメンタル的な面や生活資金、個人個人にあった起業や事業展開などのサポートを担っていくべきではないかと考えている。無理にとは言わない。私も無理という人が多いというのは承知で言っている。就労移行支援や創業支援に取り組む団体や会社は、せめて就職を目指そう、既存の商売の従事者を増やそうという選択肢だけを提示するのではなく、しっかりと生計を立てていけるように一緒に新しいビジネスを育てていこうという選択肢も提示していけるように挑んでほしいものがある。現状起業とか新しい仕事を起こす場合だと収入が安定しないのではという疑念はあると思うが、まずは仕事ができる能力があることや仕事を続けられている事実という社会的な実績を積むこと、また積みやすい環境を作るとした場合に、就職を目指すという選択肢だけを示していくのは、今時分酷になっていることに気づいてほしい。

 私はこの提起した問題の解決策のひとつになるのではないかというところから、コワーキングスペースをやっている。これは、今から7年前に実際に東京でも30件くらいしかなかった頃のコワーキングスペースに行って、大体500~1000円程度の料金を支払うだけでそのまま仕事をするだけでなく、営業や取り組みたいことの相談、パーティーでの発表など、まずは試しにここでお店や会社をやってみようというレベルで自由に使える空間だというスペースの印象を体感してきたことから由来する。決して向き不向きがあることも否定するつもりはない。しかし、使い方がしっかり浸透すればかなり社会の進化に寄与できるインフラだと感じてはいたので、どのように地域に対して維持しながら貢献できるようになるか、さらには過疎化の進む故郷山田でもやれるようにするにはどうすればいいかを知っておきたかったのはある。

 そうやりながら、仕事をしたくても仕事に就けない、就いたとしてもすぐにやめさせられる経験を持った人でも、近くにコワーキングスペースや公民館があれば簡単に始められるビジネスをいくつか考えている。そのひとつに「プチプレゼンショーのプレゼンター」というものがある。これは何度か就労移行支援の事務所に訪れた時の研修の中で、新聞記事を抜き出してその人なりに情報を整理して最後にプレゼンで発表するという研修が行われていた。これを応用する形で、施設に通っている、または通っていたもののなかなか仕事に就くことができない人がプレゼンターとして登壇するTEDやPECHAKUCHAのようなミニプレゼンショーを開催し、その入場料を分配する形で登壇者の収入とするようなことができないだろうか?というものだ。その経験を積み重ねていけば、フリーのアナリストとかフリーの研究員というような形でキャリアを積み重ねていくことができ、事業の分析や周辺地域の市場調査を依頼を受けて調査し報酬を得ることによって、生計を立てていくことができるだろう。また副次的に専門家の意見というような形でネットニュースの記事作成で、通常よりも高い報酬を得られる可能性も出てくるのではないだろうか。ミニプレゼンショーも発展すれば、フリーのアナリストや研究員のための協同組合や事業者ネットワークの団体につながるだろう。
 他にもビジネスについてのアイデアはあるが、また日を改めてご紹介していければと思う。とはいえ、このように自分達の事業や関係しているプロジェクトなどを見直して整理をしたりしていけば、どこかの事業者に就職するという選択肢だけではない、彼らの人生経験や人付き合いでの特性をも生かした快適な働き方で生活ができるような社会になっていけるのではないかと思う。その足掛かりとして、就労移行支援を行う団体は少しでもいいので昨今の働き方改革へ対応した対策として、就労だけではない選択肢も考えられるように意識をしてほしいことを心から願う。


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