はぐれざくら

 高校の校舎の裏手、図書室と私たち吹奏楽部の練習場の間に桜の木が一本植わっていた。よく、ひとことも発さずに語り合った。私が崩れ落ちそうになると支えてくれた。やさしさに涙をこぼすこともままあった。

 そんな桜の木に、一度だけ翻弄されたことがある。

 合奏中だった。顧問が私を怒鳴る。当然だ、一人でも気がそぞろになっていると音楽は作れない。頭では理解しているのに目が離せない。満開になった彼女は私を誘惑して離さない。これ以上見とれていると殴られ追い出されるのにやめられない。

 花が散るといつもの木に戻った。あの日が嘘のようだった。

 教育実習で母校に帰り、あの木にも会いに行くと、そこには中学校舎が建っていた。私が卒業してすぐに建てたと聞いてはいたけども、どこに建ったのかは知らなかった。

 中に入るとまだ新築の木の匂いがした。その時、あれは最後の花を見せてくれるためだったのか、と気づいた。彼女の真上に立っていた。

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