回文膝枕外伝 「ニンジンに。」


まえがき 

【本作品は、脚本家・今井雅子さんの小説「膝枕」の2次創作です。】
膝枕」とは、脚本家の今井雅子さんが書いた短編小説のタイトルであり、その作品を中心に広がった朗読&2次創作ムーブメントのこと。「膝枕」はジャンルを超え多くの人々を魅了し、創作意欲を湧き立たせ、すでに200を超える外伝がさまざまな挑戦者により生み出されています。
というわけで、回文家であるわたくしコジヤジコも、2次創作に参加させていただくことになりました。

本作である「ニンジンに。」は、「膝枕」の派生作品である『「膝枕」に回文を入れ込む─回文家が読む膝枕』、同じく派生作品の『森羅万象膝枕現象─人参膝枕「にんげんは、ほぼにんじん」』から着想を得て書いた作品です。朗読だけでもどうぞ、と誘われてそのつもりでおりましたが、ふつふつとアイデアが浮かび、思い切って物語を書いてみることにしました。さてはて。

では本編をどうぞ。

回文膝枕外伝「ニンジンに。」

近所のスーパーで買ってきたニンジンを、回文家の男がまじまじと眺めている。そのニンジンは丸っこくて先が分かれ、正座した腰から下のようなふしぎな形をしていた。ほどよい肉付きはやわらかさも感じられ、気持ちの良い「膝枕」のようだなと男は思う。

(いやいや何を考えているんだ。)
男は我に返り、ふと「ニンジン」で回文を作ってみようと考えた。出版社からの依頼を受け、文芸誌に新作の回文を寄稿する必要があったことを思い出したのだ。きっと「ニンジン」は回文作りに適しているだろうと男は考えていた。「ニンジン」に、「に」を足せば「ニンジンに」と、簡単な回文になる。あとはどうやって伸ばしていくかを考えたらいい。

男は気楽に考え始めたが、なかなか集中できず、回文作りが思うように進まない。回文を考えようとすると、ちらちらと、あの膝枕ニンジンが頭をかすめるのだ。あのニンジンはきっとやさしくて美しい女性のニンジンだろう。なんとかしてあの膝枕に顔をうずめられないだろうか。男は回文作りをあきらめて、もう少し真剣にそのことについて考えてみることにした。

(そうだ、俺もニンジンになればいいのだ。)
人間なら人間同士、ニンジンならニンジン同士、同じ種にしか分かり合えないこともあるはず。男は日々のジム通いで鍛えた肉体には自信があった。このまま人参になれたら、きっと肉厚の、ナイスバディなニンジンになれるだろう。きっとあの子も好きになってくれるに違いない。
目を閉じて、一生懸命念じてみた。

にんじんに、にんじんに、にんじんに、にんじんに……

なんだかぽかぽかと体が火照ってきて、男は着ていたジャケットを脱いだ。まだ暑い。火照った体は心無しかオレンジ味を帯びてきている。さらにTシャツも脱ぐ。
気づくと男は、ニンジンになっていた。妄想していた通り、立派な、肉厚の、ナイスバディなニンジンである。

「あの……」
うしろから声が聞こえる。あの子の声だ。
ふりむくと、美しいオレンジ色の体の、肉付きのよいニンジンむすめがいた。ひざを折りたたんで、微笑みながら座っている。
「すてきなお方、よろしければどうぞ。」
そういって、ニンジンむすめは、男を膝へいざなう。

男は、すでに理性を失っていた。
恍惚の表情で、ニンジンむすめのひざまくらに、飛び込むように顔を埋める。
(ああ、これだ、俺が望んでいたのは、これだったんだ……)
男はそのまま、感じたことのない愉悦と共に、深い眠りに落ちていく。

しばらくして、男の部屋のドアが開いた。出てきたのは、ニンジンのように血色のよい美しい女性。女性は近所の人に軽く会釈をすると、微笑みながら街へ消えていった。

男の部屋から、満足そうにつぶやく声が聞こえた。

「ああ、回文ができたぞ。」
「人間、ニンジンに。ニンジン、人間に。(にんげんにんじんににんじんにんげんに)」

部屋には、まるで誰かが寝転んでいるような、不思議なかたちのニンジンが残されていた。

おしまい

☆お知らせ:1月21日21時「ニンジンに。」朗読します

12121(1月21日21時)、音声SNS clubhouse にて朗読デビューもさせていただくことになりました!みなさま、ぜひ聞きにいらしてくださいな。
この日以降、clubhouseでの朗読はご自由にどうぞ。

あとがき

回文の偶然性は、時として思いも寄らない物語を運んで来ます。回文をタイトルとして何か別の作品を作ることに、いつかチャレンジしてみたいと思っていました。今井雅子さん、良い機会をありがとうございます。(今井さんはTwitterを通じて知り合った回文友達なのです)
普段は回文ばかり作っております。最後にちょこっとだけ宣伝を。2023年に回文絵本『よるよ』を出版しました。こちらは小さいお子様からお楽しみいただくことができます。お読みいただけますとうれしいです。


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