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ライブハウスドラマーがサウンドパック制作を擬似体験、その「かつてない難しさ」とは?【サウンドパックとヒップホップ 第11回】

私が「サウンドパックとヒップホップ」「極上ビートのレシピ」の連載を行っていたメディア「Soundmain Blog」のサービス終了に伴い、過去記事を転載します。こちらは2022年11月10日掲載の「サウンドパックとヒップホップ」の第11回です。


サウンドパックの制作を擬似体験してみよう

これまで本連載では、サウンドパックの「楽器が弾けない人でも生演奏を権利関係などの問題なく取り入れられる」という側面についてたびたび触れてきた。第5回ではロックとヒップホップのクロスオーバーを取り上げ、第7回では楽器を弾くミュージシャンによるサウンドパック活用例を紹介。サウンドパックがビートメイカーだけではなく、ミュージシャンにとっても新たな可能性を切り開いていることを掘り下げてきた。

しかし、少なくとも国内においてはサウンドパックを制作するミュージシャンは少なく、その制作において未だ不明なことは多い。そこで今回は「ミュージシャンにサウンドパック制作を擬似体験してもらい、そこで得た反省点や面白いポイントを聞いてみる」という企画を行った。

今回の企画に協力してくれたミュージシャンは、新潟を拠点に活動するシューゲイザーバンド、paint in watercolourに新加入したドラマーの川上圭介だ。第5回ではシューゲイザーバンドのMy Bloody Valentineによる1991年の名盤『Loveless』でのサウンドパック的なドラムの使い方に触れたが、paint in watercolourは『Loveless』の翌年である1992年にアルバム『unknown』で早くもシューゲイザーに挑んでいたバンドである。

また、川上は筆者が在住している新潟県長岡市で開催されたヒップホップ系イベント「グッタメ」で生演奏とダンスのコラボパフォーマンスを行っていたこともあり、今回の企画にはうってつけのミュージシャンだと思い依頼させていただいた。

依頼内容は「ドラムの簡単な素材を録ってほしい」という要望に加え、第8回の記事でビートメイカーのCRAMが語っていた「曲で使ったドラムをそのままデータに」してほしいというもの。さらに、出来上がった素材とSoundmainのサウンド素材を使い、以前Soundmainのインタビューにも登場したやけのはらにビートメイクを行ってもらった(ちなみにやけのはらは、市販のサウンド素材を利用したビートメイクを行うこと自体が初めての経験だったとのこと)。そしてやけのはらのコメントも踏まえながら川上とサウンドパックについて話し合い、その制作におけるポイントを探っていった。


川上のプロフィール、サウンドパック制作とバンドの違い

サウンドパックの話に入る前に、まずは川上がどういうミュージシャンなのかをご紹介しよう。幼い頃から鼓笛隊で和太鼓を担当するなど打楽器に親しみ、高校時代にドラムを始めてRed Hot Chili PeppersChad SmithJon Spencer Blues ExplosionRussell Siminsなどを研究。その後、新潟のポストロック系バンドのurbansoleで10年以上ドラムを担当してきた。

urbansoleには20歳くらいの時に楽器屋さんの紹介で加入しました。11年くらい経験させてもらいましたね。最初は4人組だったのが5人になり、3人になり、2人になり、最後に私が脱退しました。その後は結構空白期間があったのですが、地元のライブハウスに顔を出すようになってから、サポートという形でバンドに関わることが増えていきました。

そしてサポートで入ったバンドのライブを観ていた、paint in watercolour新メンバーでhaikarakakutiでも活動する鎌田悠からの誘いによりpaint in watercolourに加入。今年発表された新曲「guitar shinjū」「gekijō strange」の2曲でもそのドラムを聴かせた。Michael Jacksonの熱心なファンでもあり、「Billie Jean」が至上のドラムだと語る川上だが、現在の活動では「無音から頂点までの全ての段階でのダイナミクス感と音色の美しさ」を意識してドラムをプレイしているという。

そして今回は素材の提供を依頼したが、こういった経験は今まで初めてだったとのこと。ドラムだけでの録音となると、バンドとは全く異なる難しさを感じたと話す。

元々歌や楽曲が好きなので、それを切り離されたドラムってものになると困るということが改めてわかりました。歌や周りの音と共に高まるタイプなので、無から生み出すことに戸惑いましたね。ベースラインだけでもいいので、きっかけというかガイド的なものがあれば作りやすいと思いました。

また、参考となる曲やどういうリターンを期待しているのか意見があった方が良いものが作れると感じたという。どうやらサウンドパックの制作は、ひとりよりもチームで作ることが大切なようだ。

大部分のドラマーがそうかはわかりませんが、自分みたいな他パートとの兼ね合いを意識するタイプの場合は意見を交わしながら作るほうがいいですね。イメージみたいなものを伝えていただければ、そこから何種類か提示することができたかなと。個人だと客観性を持つのが難しくなることもありますし、ビートの制作者の意見がほしいです。


サウンドパック制作に必要なスキルとサウンドパックの可能性

今回提供したドラム音を使ってビートメイクを行ったやけのはらからは、「キック、スネア、ハットの3点、ガチガチにミュートしたディケイの短い音が単発であると使いやすい」というコメントも届いた。しかし、ドラマーとしては単音で録るのはかなり特殊なケースとのこと。ミュージシャンがサウンドパックを制作する際は、バンドとは感覚がかなり異なるのではないかと川上は指摘する。

(他の楽器の音やお客さんの熱狂も空間に響く)PAが入る大音量のライブハウスでやるバンドで活動してきた人間からすると、ディケイの短いミュートしたサウンドはよほど特異なバンドじゃないとあまり求められないように思います。単品で超良いと思った音って、バンドサウンドの中だと寂しい印象になったりするんですよね。バンドのドラマーの人がドラムパターンを録って送った時、バンドサウンドとしては100点だとしても、恐らくサウンドパックとしては使いづらいということは往々にして出てくるのではないでしょうか。バンドの曲でのライブ感や残響音などは排除するような形で作っていったほうが、ビートメイクのとっかかりとしてはスムーズだろうと思います。

では、どういったスキルがサウンドパック制作では求められてくるのだろうか? 川上は、「ドラムのチューニングや楽器にこういう手を加えるとこういう音が出るみたいな、知識の部分が求められてくる」と話す。

あとは、一緒に作るビートメイカーの方の意図を汲み取ることが大切だと思います。「こういう音が欲しい」と言われた時に、「それだったらこうすればこういう音が出るな」とできるかが大事なのかもしれません。

そのほか、やけのはらからは「定番ブレイクみたいな音質だと使いやすい」「リムショットもあると嬉しい」などの意見も挙がった。川上も今回トライしてみて、「色々なリズムパターンをこちらで送るとしたら、例えばQuestloveのようなドラムを叩ければビートメイカーの方も使いやすいのかなと思います」と話しており、こうした言葉からはヒップホップ史における先人の試みの応用がサウンドパック制作においても有効であることが感じられる。

(依頼する側としても)反省点のあった今回のサウンドパック制作疑似体験だったが、出来上がった曲やサウンドパック文化そのものについてはミュージシャンの目線からもかなり面白いものだったそうだ。

サウンドパックにはすごい可能性を感じました。今回やけのはらさんにドえらく格好良いものを作っていただきましたが、全く自分の想像の範疇を越えていくものだったので面白かったですね。私もソングライティングをやったことはあるのですが、自分ならこうはならないというものが自分のドラムから生まれるのは今までにない体験でした。


発展途上であることは可能性の宝庫でもあるということ

なお、川上はミュージシャンの側が、楽器の教則本などに付属する参考音源のような形でサウンドパックを活用できそうだとも話してくれた。

各ジャンルの公約数というか、ジャンルのツボを押さえるのに役立ちそうですね。楽曲全体を聴いてツボを捉えていくことはもちろんですが、パラデータを聴いて「このジャンルではこういうことをやっているんだ」と知ることができるのは、そのジャンルを知る上での一助になるように思います。

制作する側にも使う側にも、様々な可能性を持ったサウンドパック。今回の企画を通してわかったポイントとしては、「サウンドパックはミュージシャンひとりではなく、ビートメイカー側の視点も交えて制作したほうが良い」「アウトプットがドラムだけ(=ドラムキット)であっても、合わせるための音は何かしら想定しておいたほうがが良い(だからこそ「パック」には様々な楽器の音が入っている)」「バンドとサウンドパック制作では使うスキルや感覚がかなり異なる」「定番ブレイクは“定番”と言われるだけの使いやすさがある」「Questloveなどが取り組む、ヒップホップのビート感覚を取り入れたような演奏はサウンドパックにも合う」などが挙げられる。まだまだノウハウの確立や情報共有がされていない部分も多いサウンドパック制作だが、発展途上であることは逆に可能性の宝庫ということでもある。今回の企画が、制作の手助けになれれば幸いだ。


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