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サウンドパック×生演奏で広がる可能性【サウンドパックとヒップホップ 第7回】

私が「サウンドパックとヒップホップ」「極上ビートのレシピ」の連載を行っていたメディア「Soundmain Blog」のサービス終了に伴い、過去記事を転載します。こちらは2022年4月5日掲載の「サウンドパックとヒップホップ」の第7回です。


ドラムループで「セッション」するDr. Dreの制作手法

前回J DillaDr. Dreの制作現場を見学したことをきっかけに、制作中だったFrank N Dankのアルバム『48 Hours』のビートを全て作り変えたというエピソードを紹介した。では、J Dillaに刺激を与えたDr. Dreの制作方法とはどんなものだったのだろうか?

Time誌が2001年に行ったインタビューによると、当時のDr. Dreはサンプリングを使わず、ミュージシャンの生演奏を好んで使っていたという。同インタビューでは、「古いレコードを聴いてインスピレーションを得ることもあるが、それよりもミュージシャンに音を再現してもらったり、手を加えてもらったりしたい。そのほうがうまくコントロールできるからね」と話している。

同インタビューではその制作ルーティーンも紹介されている。最初にDr. Dreが自らドラムマシンを使ってドラムパターンを組み、集まったミュージシャンがそのドラムに合わせてセッションを開始。そしてセッションの中でDr. Dreが気に入ったフレーズが生まれたら、そのフレーズを生み出したミュージシャンを一人隔離して音の磨き方を指示していくという。

こうして一つのフレーズをブラッシュアップして音を足し、加工していくのがDr. Dreの制作手法だ。この制作方法は人脈も時間も必要で、さらにセッションの中から即座に魅力的なフレーズを見つけるセンスも要求される。全てを気軽に真似するのはなかなか難しいかもしれないが、J Dillaが『48 Hours』でサンプリングを使わずに制作したように一人で近い試みを行うことはできる。さらに今はサウンドパックという便利なものがあり、人脈がなくてもミュージシャンによる生演奏のステムデータも取り入れやすい。そこで今回は、生演奏とサウンドパックを組み合わせた事例を紹介していく。


サウンドパックをきっかけに「Tiny Desk Concert」に出演したThe Kount

カナダのプロデューサー、The Kountが興味深い取り組みを行っている。ハイファイなシンセをJ Dilla系譜のヒップホップに落とし込んだような作風を聴かせるThe Kountは、SoundCloudでの楽曲の発表を通して2010年代に知名度を獲得。2019年にSpliceからの依頼でサウンドパックThe Kount Sample Packを発表し、その成功をきっかけにサウンドパック制作に本格的に乗り出していった。

そして2020年3月9日、そのサウンドパックを使ったコンテスト「The Kount Challenge」がスタートした。これはThe Kountが制作した3つのドラムループを使ってビートメイクを行い、SNSに「#kountchallenge」のハッシュタグと共に投稿するというもの。3月14日には投稿の中から一組が優勝者として選出され讃えられた。この取り組みは一部で話題を集め、同年の3月24日には早くも2回目を開始。第2回以降はドラムループにこだわらずに素材を提供し、ヒップホップだけではなくドラムンベースなど多彩なアプローチのビートが生まれた。

The Kount Challengeでは、動画の制作はマストではないが推奨されている。そのためサウンドパックに合わせた生演奏を披露する参加者も多く発見できる。また、2020年7月に行われた「Kount Challenge July」ではThe Kount自らが素材のドラムなどを演奏する動画を発表。星野源「うちで踊ろう」のように、その動画も使って疑似リモートセッションのような形で発表するケースもいくつか見られた。なお、「Kount Challenge July」では現在ayafuya名義でも活動する日本人ベーシストのオオツカマナミが優勝。The Kountは「この作品は何回も見に来た」と絶賛していた。

The Kountが制作したビートにラップを募集するスピンオフも挟みつつ、The Kount Challngeは徐々に規模を拡大。そしてそれはThe Kount自身の人気も広げ、2020年11月にはJ Dillaの盟友・MadlibもThe Kountのサウンドパックを購入し称賛した。さらに、2021年には米メディアのNPRの人気企画「Tiny Desk Concert」に出演。CarrtoonsKaelin EllisKieferと共にリモートセッションを披露した。サウンドパックから大きな成果に繋がったのだ。

サウンドパックを使ったコンテストの開催は、自粛期間のミュージシャンやビートメイカーにとって最高の舞台の一つとなった。The Kount Challengeは昨年末にも行われ、優勝した台湾のeggawasなど世界中から多くのアーティストが参加。立ち上げ当初より規模も拡大し、楽器メーカーからの賞品も用意されていた。次回の開催時にはあなたも参加してみてはいかがだろうか。


サウンドパックと生演奏を組み合わせた制作の例

最新アルバム『Starfruit』が話題を集める西海岸のR&Bバンド、Moonchildもサウンドパックを使って制作している。Rolling Stone Japanのインタビューによると、「最近はSerato Sampleを結構使っている。それから私たちのドラマーのEfa Etoroma Jr.が出しているドラム・パックがあって、彼のサウンドだけを使ってビートを作ろうとしたり。今作でもそのドラム・パックからいくつか使ってる」という。

メンバー全員が様々な楽器をプレイするMoonchildは、ネオソウルを軸にしつつも時にはかなりヒップホップ的なスタイルを聴かせるバンドだ。『Starfruit』にも、Rapsodyなどラッパーを迎えたヒップホップ寄りの曲がいくつか収録されている。と言っても当然ストレートなヒップホップではない同作は、ヒップホップのビートメイクを行っている人がサウンドパックを使って制作する際のヒントにもなるのではないだろうか。

また、よりヒップホップに近いアプローチでの生演奏とサウンドパックの組み合わせの例としては、第5回でも少し触れたKenny Beatsの人気企画「The Cave」が挙げられる。The CaveはBenny the ButcherVince Staplesなどを手掛けるプロデューサーのKenny Beatsが、毎回一組のアーティストを迎えてセッションして曲を制作するもの。Kenny Beatsはかなりの回でSpliceを使っており、TEEZO TOUCHDOWNなど楽器を弾けるゲストが出演した際には、サウンドパックで組んだ簡素なループにゲストの生演奏を加えてビートを制作することもある。シンガーソングライターのMac DeMarcoを迎えた回では、最初にKenny Beatsが組んだドラムでMac DeMarcoがギターを弾き、Kenny BeatsがSpliceから持ってきたワンショットシンセを加え……とDr. Dre流ビートメイクを少人数で行うような方法で制作。サウンドパックをセッションに見事に活用している。

サウンドパックに収録されたサウンドや生演奏の録音は、既存の楽曲からサンプリングした音源と違ってそれぞれがステムデータなので、Dr. Dreが言っていた「うまくコントロールできる」という利点もある。生演奏を加えられる環境にあるなら、Moonchildのような完全に調和したサウンドを目指すことも、Kenny Beatsのようなスピーディなセッションもできる。サウンドパックは生演奏のパートナーとしても大いに役立つものなのだ。


サウンドパックが開くミュージシャンの新しいキャリア

先述したMoonchildのインタビューで語られているように、ミュージシャンによるサウンドパック制作の例もある。アメリカの音楽業界のプロフェッショナルによるコミュニティ、Jammcardは第一回でも紹介したようにミュージシャンの録音素材をサウンドパックとして提供する「Jammcard Samples」という企画を行っている。最近では、Justin BieberMusiq Soulchildといった錚々たる面々と共演してきたドラマーのDevon Stixx Taylorなどが録音素材を提供。トラップやバウンス、ポップなど多彩なプレイスタイルのドラムを公共化した。

バンドを組んでいたものの、何らかの事情で続けることができなかったという方も多いだろう。その後一人でもできる音楽としてボカロなどに移行する例が国内ではしばしば見られるが、その選択肢の一つとしてサウンドパック制作も入るようになれば、国内のシーンはさらに豊かになっていくのではないだろうか。演奏というスキルを活かしつつ、スケジュール調整や人間関係などのストレスを少なく音楽活動ができる。そしてその分野で人気が出れば、Moonchildのような一流ミュージシャンたちとの疑似共演や、The Kountのような演奏家としての成功にも繋がるかもしれない。サウンドパックは、使う側にとっても作る側にとっても様々な可能性を秘めているのだ。

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