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楽器の習得とサウンドパック作りが拓いた新しいプロデューサー像【サウンドパックとヒップホップ 第2回】

私が「サウンドパックとヒップホップ」「極上ビートのレシピ」の連載を行っていたメディア「Soundmain Blog」のサービス終了に伴い、過去記事を転載します。こちらは2021年12月15日掲載の「サウンドパックとヒップホップ」の第2回です。


サンプリングを使わずにブーンバップを作る

ヒップホップのサブジャンルの一つ、ブーンバップ。ソウルやジャズなどの要素をミニマルに聴かせるこのスタイルは、1980年代に生まれてから現在に至るまで多くのリスナーを虜にしてきた。1990年代前半にはA Tribe Called QuestGang Starrなどの活躍によりアメリカ東海岸を中心に発展し、その後もデトロイトのJ Dillaやノースカロライナの9th Wonderなど多くの才能が登場。近年ではBenny the ButcherFreddie Gibbsなどがブーンバップ作品を発表しながらメインストリームで活躍し、アンダーグラウンドではEarl SweatshirtMIKEといった面々が傑作を生み出し続けている。ブーンバップは現在、急速に発展していった1990年代以来の黄金時代を迎えつつあると言えるだろう。

現行ブーンバップを代表する存在として、Benny the Butcherも所属するNYのコレクティヴ/レーベルのGriseldaが挙げられる。現在はデトロイトのBoldy JamesやUK生まれのRome Streetzなども加入して勢いを増しているGriseldaだが、そのブレイクのきっかけとなったのが2019年にリリースされたコレクティヴでのアルバム『WWCD』だ。同作はWestside GunnConway the Machine、Benny the Butcherのラッパー三人とプロヂューサーのDaringerが中心となった作品。Eminem率いるShady Recordsから放ったメジャーデビュー作品だが、それまでの作風と大きく変わらないハードボイルドなブーンバップビーツでスキルフルなラップが堪能できる傑作だった。

同作リリースの際、GriseldaのYouTubeチャンネルではアルバム制作の様子を追ったドキュメンタリー「WWCD DOCUMENTARY」シリーズが公開されていた。そしてリリース後に「WWCD DOCUMENTARY: DARINGER – 348 SANDERS ROAD (Episode 2)」が公開され、そこで語られていた内容は世界中のブーンバップファンをざわつかせた。同作では、サンプリングを使っていなかったのだ。

Daringerが『WWCD』でサンプリングを使わずにブーンバップを作るためのパートナーとして選んだのは、UKのBeat Butchaだった。そしてBeat Butchaは自身もプロデューサーとして活動するだけではなく、サウンドパックの積極的な販売も行っている人物だ。『WWCD』は、いわばサンプリングの名手とサウンドパック職人のタッグで作り上げた作品なのだ。


Beat Butchaのキャリア

Beat Butchaは2000年代前半にUKのシーンから登場した。イタリアの音楽ブログ「StrettoBlaster」のインタビューによると、初めての商業リリースはUKのグループのParagonが2001年に発表した「Queen Like No Other」だという。その後2000年代後半までUKのシーンを中心に活動するが、Mobb DeepHavocに提供した「We Ain’t Playin’」が2009年にリークされた頃から徐々にアメリカのシーンでの活動も増加。Mobb Deep周辺から広がったのか、Lloyd BanksTony YayoといったG-Unit関連作に次々と参加していった。アメリカの音楽ブログ「American Beau」のインタビューでは、Tony Yayo作品への参加をキャリアの転機として語っている。その後はSean PriceからRick Rossまで様々なラッパーの作品に参加し、その人気を拡大していった。

『WWCD』以降にはWestside GunnやConway the MachineといったGriselda関連作はもちろん、Chance the Rapperのシングル「The Return」PARTYNEXTDOORのアルバム『PARTYMOBILE』収録の「TOUCH ME」などメインストリーム寄りの作品にも参加していった。また、Westside Gunnが2020年にリリースしたアルバム『Who Made The Sunshine』にもDaringerとのコンビで7曲提供。同作でもサンプリング不使用のまま変わらない魅力を提示した(Westside Gunnのツイートより)。

サウンドパックの販売には、前回紹介した!llmindと同じ2011年の段階で取り組んでいる。2011年に自主で販売した初のカスタムドラムキット「LAMB CHOP」には400ものドラムを収録。Bandcampでの販売ページによると、Mobb DeepやDanny Brownなどの曲で使ったものも含まれているという。その後も「CHICKEN DRUMKIT」「KEBAB CHOP」などのドラムキットを販売。ブーンバップ向けのサウンドパック販売サイト・The Drum Brokerにもサウンドパックを提供し、サウンドパック職人として高い評価を集めていった。

こうして2010年代前半からプロデューサーとしてもサウンドパック職人としても飛躍していったBeat Butcha。今年に入ってからもプロデューサーとしてはIsaiah RashadD Smokeなどの作品に参加し、Tyler, the Creatorのアルバム『CALL ME IF YOU GET LOST』収録の「FISHTAIL」にはDaringerとのタッグでクレジットされている(今後も『WWCD』コンビには要注目だ)。また、サウンドパック職人としてもThe Drum Brokerで新作サウンドパック「Filth Vol. 3」を販売。2021年12月8日現在、同サイトではCookin’ Soul「LO-BAP LIFE Vol. 3 Drum Kit」に次ぐ売れ行きを見せている。


サンプリングに愛着を抱いたまま楽器を習得

Beat Butchaはアメリカの音楽ブログ「Intrigued Music Blog」でのインタビューで、インスパイアされたプロデューサーとしてRZAHavocといったアメリカのプロデューサーに加え、Lewis ParkerFarma GなどUKのプロデューサーの名前を挙げている。アメリカのシーンでの活躍が目立つBeat Butchaだが、同インタビューでは「(UKのラップはグライムやロード・ラップ畑からスターが生まれる傾向があるが)UKではアンダーグラウンド/バックパック系のシーンも長く続いていて、自分も初期はそのシーンで育った」とUKのシーンへの意識を語っている。

異なる引き出しも持っているが、Beat Butchaは基本的にはブーンバップを得意とするプロデューサーだ。オーストラリアのメディア「RUN ROYAL」のインタビューによると、ビートメイクを始めたのは1998年で、最初に選んだ機材はSyntrillium Software社が販売していた音声編集ソフトのCool Edit(現Adobe Audition)だったという。2000年代半ば頃まではサンプリングのみでビートメイクを行っていたが、機材やスキルセットに限界を感じたことから2006年頃からシンセサイザーを制作に導入。理論や技術を独学で習得し、ビートメイクに生演奏を取り入れていった。

つまり、Beat Butchaはサンプリングによるブーンバップ作りから出発し、それに愛着を抱いたまま楽器を習得した人物なのだ。先述したRUN ROYALのインタビューでも、「サンプルサウンドのテクスチャーを大切にしている」とそのこだわりを話している。そんなBeat Butchaが、サウンドパック文化に注目が集まった2011年頃に自身のスキルを活用できるサウンドパック制作に挑んだのは自然な流れだったと言えるだろう。そしてBeat Butchaのサウンドパックは大きな人気を集め、プロデューサーとしてだけではない成功をもたらした。ビートメイク8年目の決断がなかったら、そのキャリアは全く違ったものになっていただろう。


サウンドパック制作は自身のビート制作も効率化する

Beat ButchaはRUN ROYALのインタビューで、ビート制作のインスピレーションが湧かない日の過ごし方についてこう語っている。

「インスピレーションが湧かない日は、サウンドを作ったり、プリセットを作ったりして過ごすことが多いね。そうすることで、作業するための素材が多くなって、制作時の流れがスムーズになるんだ」。

うまく行かない日でも、素材を作っておけば後で役立つかもしれない。もちろん、サウンドパックに入れて販売することもできる。サウンドパックの制作は、他者に役立つだけではなく自身のビート制作の効率化にも繋がるのだ。生演奏のスキルがある方は、サウンドパックの制作にも取り組んでみてはいかがだろうか。また、まだ生演奏をできない方でも、始めてみればきっと新たな道が拓けるはずだ。ビートメイク8年目で生演奏を始めて、大きな成功を掴んだBeat Butchaのように。

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